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紅茶のトレーを乗せたカートを押し、応接間へと続く長い廊下を歩く。


光を取り入れる為に大き目に設計されている窓から陽光が差し込み、古く重厚な廊下の雰囲気を明るく暖かなものにしている。


大きな窓から臨む中庭に咲き誇る薔薇を見たエルザは、明日はマーガレット様に中庭のテラスでのお茶をお勧めしよう、なんて現実逃避した事を考えていた。

今が、会いたくない人物のもとへ紅茶を持っていく時間だなんて考えたくなかったのだ。



こんな時にあの方がいれば相談できただろうに………。



手を硬く握りしめられた感覚が思い出され、エルザはカートから手を放すと、自分の手と手を合わせてぐっと握りしめた。目を閉じて頬を叩いて気合を入れ、勢いよく目を開くとカートの手すりを掴みなおす。



心を強く持たなければ…。



紅茶が冷めないうちに応接間へと行かないと、後でロアになんて言われるかなんて容易に想像がつき、エルザは先ほどの控えの間から聞こえた怒声が思い出されて背筋を震わせると、応接間へ急いだ。

応接間からは、談笑の声が漏れ聞こえてきた。



「失礼いたします。紅茶をお持ちしました。」

「入りなさい。」



タイミングを見て、エルザがノックをして声をかけると会話が止み、ハーヴェス家当主レイモンドの声が返って来た。

扉をそっと開くと、柔らかな曲線を描く猫足の3人掛けチェアが長テーブルを間に挟んで向い合せに置かれており、マーガレットとレイモンドが1つのチェアに、別の男性2人がもう1つの向い合せのチェアに腰を下ろしていた。

見知らぬ男性のうち1人は、良い身なりをしてやや歳を召した様子から、恐らくキース侯爵だろうと思われた。もう1人は、若い壮年の男だった。

会釈し、カートを応接間に押し入れる最中、流し目で視線をやれば、ターナとミモザに無理やり聞かされた侍女ネットワーク―――別の屋敷の侍女と情報交換をしているらしい―――の噂にたがわず、見目麗しい相貌をしていた。



この男が、ロベルト・キース!



カートを押し入れて内側から扉を閉め、カートを応接間の隅に置いて、ストッパーで動かないように固定する。

会ってしまったものは仕方がないので、どんな人物なのか見極めようと考えたエルザは、裏に返していたカップを表に返しながら、そっと視線を送った。

エルザが邪魔してしまったことで止まっていた会話が、再びはじまる。



あまりじろじろと見るわけにいかずこっそりと視線を送ってはいたものの、ロベルトとバチッと目線が合ってしまい、思わず手を滑らせ、手にしていたポットを落としそうになってしまった。

これ以上見ていたら、怪しまれてしまうだろう。

エルザは何事もなかったかのように平常心を装い、軽く呼吸を整えてティーポットからカップに紅茶を注いだ。

その間、エルザは自分がクリスマスにじわじわとオーブンであぶられている七面鳥かと思えるほど、言いようのない視線を横っ面に感じ、背筋がゾワゾワした。



見られている!これは確実に見られている!今、目を合わせたら、私は死ぬ!



もちろん死ぬ訳はないのだが、死にも値するような危機的状況に陥りそうな予感がして、エルザは必死にロベルトの方を見ないように努めた。

理由はわからないが、ロベルトが会話の最中にエルザの方に視線をやっているのは明白だった。

だが、紅茶を給仕するのにどうしてもロベルトの方にはいかなくてはならない。

誰か助けてくれと叫びそうになったところで話が止まり、レイモンドとキース侯爵がチェアから立つのが見えた。



「そろそろ2人だけで話をするのが良いだろう。お互いをよく知る良い機会だと思いなさい。」

「ではキース侯爵は、私の書斎へ。ご覧にいれたい資料があるのです。エルザ、私たちの分は書斎へ。」

「う、承りました。」



レイモンドはエルザに命令をすると、キース侯爵と共に応接間を出て行ってしまった。

これはいろんな意味で危機的状況だった。

ものすごい視線を送ってくるロベルトに、紅茶を給仕しないといけない状況なのは変わらない。

ただ、給仕を終えて応接間を出れば、マーガレットとロベルトが2人きりになる状況を作ってしまうのだ。しかも、命令をされているので、紅茶を書斎に運ぶために、すぐに応接間から出て行かなくてはならない状況でもあり………。



エルザは頭を抱えて唸りたい気分だった。出来ることなら、カップ内の紅茶をロベルトにひっかけて、追い出してやりたい。だができるわけがない。

侍女としての立場をわきまえ、紅茶を給仕して出て行かなければならない。



エルザは断腸の思いで紅茶を注いだカップをソーサーにのせると、ロベルトの前のテーブルに置いた。

すると、あえて避けていたロベルトと、ばっちりとまた目が合ってしまった。

淡くエメラルドのような光を宿した瞳、見目麗しいその相貌。嫌がっていたエルザでさえ、思わず見入るほどのその容姿。

ロベルトの淡い蒼色の瞳に、エルザが映っているのがわかる。

そこでエルザは、はっと意識を取り戻した。



いや、おかしい。映るという事はつまり………相当近くに相手がいるという事だ。



気づいたときには、ロベルトがチェアを立ち、エルザの顔を至近距離から覗き込んでいた。

慌てて後ろに退こうとしたが、その刹那に手首を捕らわれ、それは叶わなかった。



「麗しい君の名前を教えてもらえるかな?父上と母上はご健在かい?どこの出身かな?」



矢継ぎ早の質問攻撃に、エルザは息をつめ、ヒィと声をあげそうになった。

変態紳士現る。

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