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マーガレットは廊下の使用人に声をかけると、ややゆっくりとした動作で立ち上がった。それは少しでも相手に会う時間を引き延ばしたいと意図しているようにも思える動作でだった。

だがその行動とは裏腹に、覚悟を決めたように瞳に力が籠り、唇はかたく結ばれている。



せめてマーガレット様と、ウィリアム様が庶民同士であったならば、恋愛結婚もできたかもしれないのに……。



貴族間の婚姻は、家の事業拡大など、背後に色々な思惑をまとった政略的(せいりゃくてき)なものが多い。恋愛結婚できるのはほとんど(まれ)で、そのほとんどが親の取り決めで行われる。今まで貴族として教育を受けてきたマーガレットは、それを頭で理解しているのだ。だからこそ、思いを諦めようと努力している。



私がもしマーガレット様の親であったなら、ウィリアム様と結婚できるよう、どんな小汚い手を使ってでも便宜を図ってさしあげたのに!!!



悔しさに両手を握りしめ、唇をきつく噛んでいると、マーガレットが歩き出したので、慌ててエルザは居室の扉に向かい、その扉をそっと押し開いた。

扉の向こうには侍女頭(じじょがしら)のロアが控えており、マーガレットに気づくとすっと頭を下げた。



「今までありがとう、エルザ。さ、行きましょう。」



マーガレットは一度振り返り、開けた扉に手を添えているエルザに微笑みかけた。それは、今までの想いも籠った謝辞であり、ウィリアムへの想いへの別れをも感じさせた。

マーガレットはロアに一言声をかけると、応接間に向かって歩き出した。

ロアは後は自分の仕事だとエルザに目配せすると、マーガレットに従って共に廊下の向こうに行ってしまった。その方向に向かってエルザも頭を下げる。



エルザは心底悔しかった。相談を受け、話を聞くことしかできない自分に。何の手立ても思いつかず、見合いすら阻止できなかった自分の足りなさに。



マーガレットは最初からエルザに自分の想いを成就させて欲しいなんて願ってもなく、ただ純粋に話を聞いてもらうだけで満足していたし、エルザにできるなんて思ってもいない。そんな事は、幼い頃からマーガレットと共に過ごしてきたエルザはわかりきっていたが、それでも何かしてさしあげたかったのだ。

たとえ、自分勝手なエゴだとしても。

残されたマーガレットは自分の無力さを痛感し、悔し涙を目に滲ませながら侍女の控えの間へと向かった。




今頃はマーガレット様が旦那様と共に見合い相手と会っているのだろう。



そう思いながら控えの間に向かうと、控えの間では小さな小競り合いが起こっていた。



「私が持っていくわ!」

「いや、私が持っていく!だって貴方は昨日、奥様に紅茶を運んだ時、床にこぼして執事長に怒られてたじゃない!」

「それを言うなら貴方だって、一昨日、紅茶を給仕した時テーブルクロスにこぼして、シミになったって怒られたばかりじゃないの!」



控えの間のテーブルの上には、カップとティーポットののせられたトレーが置かれ、そのすぐ傍で侍女のターナとミモザがお互いの腕を掴み合って言い合いをしていた。

お互いが動くたびに机に身体がぶつかり、カタカタと揺れる。そのたびにティーポットの注ぎ口からこぼれた紅茶がトレーを濡らしているに、気づきもしない。



「どうしたの?一体。」



控えの間に人が来たのにも気づかなかったようで、声をかけると2人はぎょっとしたように目を見開いて声の主を見たが、相手がエルザだと気づくとほっと胸をなでおろし、腕も下ろしてこちらを向いた。



「ロア様が、応接間に紅茶を持っていくように私に言ったんだけど、ミモザが自分が行くって聞かなくて。」

「ちょっと!それは私に言ったのよ!どうせ、ターナは、見合い相手が見たいだけなんでしょう?」

「それはこっちのセリフよ!」



2人はエルザに事の次第を説明していたが、最初こそ冷静だったものの、火がついたのかまた掴み合いをはじめた。つまり2人とも、紅茶を応接間に運ぶように言われたが、見合い相手がこの目で見たかったので譲りたくなかったらしい。

激しい攻防に、紅茶は更にこぼれてカップのソーサーまで濡らしていた。



「そんなに見合い相手が見たい?私は顔を見たくもないわ。」



相手は、家の思惑で仕方ないとはいえ、マーガレットのウィリアムへの想いを断ち切らせた人だ。にっくき相手であり、顔をみたくもない。

エルザが呆れた調子で言うと、さっきまでただ純粋に仕事を遂行したいだけだという風な口ぶりで言い合いしていたはずの2人の矛先が、エルザへと移った。2人はずずいとエルザに迫ると、それぞれがエルザの手を片手づつ掴み、言い聞かせるように言った。



「何言ってるの?あのロベルト様よ?イケメンって噂の方よ?そうそう会える機会なんてないんだし、会ってみたいじゃない。(もしかしたら私にも声をかけてもらえるかもしれないし。)」

「そうよ。夜会にいけない私たちが、そんな方に会える機会なんて、こんな時しかないんだからね!(もしかしたら私にも声をかけてもらえるかもしれないし。)」



ターナとミモザの顔には、心の声が文字で書かれているように見え見えだった。

その時、エルザには2人の背後の厨房につながる扉がゆっくりと開くのが見えた。

扉を開けた主は、立てた人差し指を唇に当て、にっこりとほほ笑みながら近づいてくる。

その背中には黒く禍々しいオーラが見え、背中が粟立つのを感じた。後ろに下がりたいが、2人に両手を掴まれているので逃げることもできない。



「聞いてるの?エルザ。」

「そうよ、ちゃんと聞いてるの?エルザ。」



怖くて目が合わせられず、視線を空中に泳がせていると、2人は話に集中していないと感じ取ったらしく、更にエルザに迫ってくる。

その2人の肩を、黒いオーラをまとった主がそっと叩いた。



「紅茶を運べと言ったのに、聞かなかったのはどこの誰かしら?」



その声に、2人の背筋が急にシャキッと伸びたかと思えば、顔に怯えの表情が浮かぶ。

黒いオーラをまとった侍女頭のロアの声は、声色こそ優しげだが、控えの間にブリザードが吹き荒れたような冷たさがあり、エルザの背筋まで凍りそうになる。



「エルザ、新しい紅茶を用意してもらうからすぐに持って行ってもらえるかしら?」



テーブルの上の、紅茶で濡れたトレーとソーサーに目をやったロアは、そのままの声色でエルザに告げる。何も言えず、ただ口端を歪めて頷くと、ロアは優しく微笑んだ。

まるで雪の女王に見つめられたかの如き微笑みに、身も心も凍りそうだった。

新しい紅茶が用意され、それを持ってエルザが控えの間から出ていくと、控えの間から怒声があがったのは言うまでもない。

すみません、変t…見合い相手が出てくるのは次回になりました。すみません(汗)やっと出てきます!

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