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満開の桜がゆっくりと花びらを散らしている。
その下に立つ白犬は今日も口角を上げて、静かに笑っていた。
「ね、綺麗でしょ?」
促されて見上げた黒犬は、いかにも興味なさそうに耳を倒す。
「人間じゃあるまいし……」
「そうね。でも私達は、心を持たされてしまった」
「そんなもの、俺にはない」
黒い耳がぴんと立ち上がった。
「俺は『兵器』だ。戦い、相手を斃すために人間の知能は確かに与えられたが、花を愛でるような心は持ち合わせていない」
だからこそ黒犬は、真っ白な毛並みに顔を埋めるたびに沸く感情を、否定しようとしていた。
生殖可能な年頃であるゆえ感じる、本能という名の獣性がもたらす劣情だと信じていたのだ。
「当然、愛情なんてものも持ち合わせてはいない。お前が人間の女のように愛されることを望んでいるなら、俺から離れればいい」
白い毛の下で瞳が寂しそうに揺れたが、口元はやはり、笑った形のままだった。
「きっと、お腹がすいているからそういう悲しいことをいうのね」
「どんな理屈だよ」
「待ってて、このあたりにこの前、おやつを埋めておいたの」
「お前は本当に犬らしいな」
小生意気な理屈をこねる黒犬よりも、彼女は犬の性質を色濃く残している。白犬は黒犬に背中を向けると、桜の根元を前足で掘り始めた。
ふわりと立ち上がった白毛に包まれた尻が小刻みに揺れる。その中に跳ねる尻尾は彼女の必死さに釣られて少し、ほんの僅かずつ上に上がる。
頭を下げ、尻を大きく突き上げたメスの尻尾が誘うように揺れあがる様は……思春期真っ只中の黒犬にはいささか刺激が過ぎた。
「おっ! 女がそういうハシタナイ格好するなっ!」
「ハシタナイ?」
きゅるんと振り向いた彼女の鼻先に、また一枚の花びらが降りかかる。
日の光が白い毛の先に銀色を灯す。刷毛で散らしたように銀混じる白犬……
(綺麗だ)
一陣の風が、強く枝を振るった。ざあっと桜色に染まった風は白い犬を儚く染める。
薄く透ける花びらを浴びる、悲しいほどの白銀……
「綺麗だ」
今度ははっきりと声に出た。
「でしょ?」
彼女が目を細めて樹上を見上げる。その口元は、やはり笑っていた。
「ラブラブじゃねぇか。もちろん、愛の告白とかも?」
「ああ、したさ。最悪、最低の大告白を……」




