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 礼服の黒、色とりどりのドレスがあふれるホールの中にただ一人、真っ白な花嫁が歩いている。その前を歩くのは、赤いスーツのドクターだ。

 クロは立ちふさがるように、その前に飛び出した。

「ドクター、何をする気だ?」

 戸惑う花嫁を尻目に、ドクターは人ごみの中を指す。

「まさか……」

 そこにいる式服姿の壮年夫婦に、クロは激しく動揺した。モーニング姿の男性の横に立つ、その女性の顔立ちはあまりにも……サクラに似ている。

「お姉さん、今日ご結婚だそうよ。」

「おねえちゃんが……」

「晴れ姿、ご両親に見せたいでしょう?」

 ふわりと懐かしげな表情を浮かべるサクラに、クロはもう、不安を隠すことが出来なかった。

「逢わせてどうする。前島に、サクラの記憶を消されているんだろう。」

 噛み付くような言葉にも、ドクターは涼しい顔だ。

「そこは上手くやるわよ。」

「ただ逢わせるだけ、なのか?」

「そうねえ、サクラちゃんが、どうしてもご両親のところに帰りたいって言うんなら、手はあるわ。」

「本当に?」

 嬉しそうに笑う花嫁に、クロは言葉を失った。

「記憶の復帰は難しくても、新たに記憶を上書きすることはできるのよ。留学していた娘が帰ってきた、ぐらいの操作はしてあげる。」

「クロや、ウメは?」

 花婿は隠しきれない不安に、美しい顔を曇らせて答える。

「サクラ、記憶を上書きするには、その記憶を受け入れてもらう必要がある。『娘が帰ってきた』という記憶は単純だが、『娘が男連れで、子供まで生んで帰ってきた』というのは、たとえ事実だとしても、親なら受け入れがたいものだろう。」

 サクラを見るクロの瞳は、この上ない優しさで黒く潤んでいた。

「今日のお前は、最高に綺麗だ。」

 心配した不埒な標は目立つことなく、真っ白な胸元をレースが縁取るそのドレスが眩しく花嫁の美しさを引き立てている。微かに震える唇は淡くパールピンクのグロスに濡れ、誓いのキスを待っているというのに……

「サクラちゃん、行くわよ?」

 ドクターの声は無情に急かす。

「行って、綺麗なお前を見てもらえ。たとえ記憶は無くても、きっと、根っこは解ってもらえる。」

「クロは……?」

「お前のしたいようにすればいい。俺が……何とかしてやる。」

 言葉とは裏腹な腕が、花嫁を引き寄せ、抱きしめた。

「だが、もし俺の我儘を聞いてくれるなら……」

「何してんの!」

 ドクターの声が二人を引き剥がす。

 人ごみを掻き分けたドクターは、目当ての人物達に話しかけた。

「突然ですいません。ああ、何て姉に良く似ているんでしょう!」

(あの、大根が! だが、そういう設定か、ふん。)

 クロはドクターを押しのけ、眉をことさらに下げて見せた。

「取り乱してすいません。ただ、似ていたものですから……」

「あら、どなたに?」

 無防備に笑うその表情は、間違いなくサクラに瓜二つだ。

「亡くなった、ウチのの母に……す、すみません。こんなめでたい席なのに!」

「そちらのお嬢さんの? 綺麗な子ね。」

「色々と不躾ですみません。もしよろしければ不躾ついでに、こいつの両親の代わりに話を聞いてやってはもらえませんか?」

 くいと押し出された花嫁を見た『父親』は、心からの笑顔を見せる。

「一日に、二人も『娘』を嫁に出すなんて、父親としては複雑だね。」

 その言葉に弾かれたように、サクラが頭を下げた。

「あの……今日まで、色々と……本当に……ありがとうございました! でも今、幸せなんです。大変なこともあったけど、一緒に幸せになりたい人を見つけたから、ずっと一緒にいたいから……もう、二度と、お会いすることは……」

 その言葉を聴いたクロは、タキシードの膝をついて平伏した。嘘偽りの無い謝罪が、吼えるように響く。

「……本当に、すいません。俺のエゴだってのは解っている。でも、俺は、いまさらこいつを手放すなんて出来ない! 俺が、絶対、幸せに……いや、一緒に幸せになります。だから、どうか……」

 壮年の女性は膝を曲げ、クロの手を取った。

「ダメよ、花婿さんが衣装を汚しちゃあ。」

 年を取ったその顔は、やはりサクラに似て、やさしい許しの色を浮かべている。

「良く解らないけど、誠実で、幸せにしてくれる人に出逢えたのね。」

「はい。」

「幸せになりなさい。天国のご両親も私達も、それだけを願っているわ。」

「ありがとう……ございます。お姉……娘さんにも、お幸せにと、伝えてください。」

 ドクターが涙ぐんだ花嫁に手を添えた。

「良かったわね、サクラちゃん。」

 その単語を聴いたモーニングの男性が、遠い目をする。

「桜か……うちの家族も好きでね。桜の季節になると、小さなお祝いをするんだ。あれは、何かの記念日だったかなあ?」

 それを聞いた娘の両の眼から、今まで堪えていた涙がポロリ、ポロリと零れ落ちた。


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