⑨
「すごいな。これが花見か。」
満開の桜の下には人が集う。屋台もちらほらと出ていて、そのにぎやかな様子にウメを肩に乗せたクロは目を丸くした。
「迷子になるなよ。」
片方の手のひらを、寄り添って歩くサクラと重ね合わせる。 桜並木は薄い春色の花をその上にちらちらと降らせた。
人ごみに紛れそうに小さな声で、サクラが呟く。
「この花が散る頃には……」
「ああ。あの島に、俺は帰る。」
それは、驚くほど気安い返事だった。
「あと少しだけ、待っていてくれるか?」
「!」
「ドクターに頼んで国籍と、身分証明と……ああ、仕事も探さなくちゃなのか。」
立ち止まって見上げれば、クロの瞳はサクラを映している。
「ちゃんと『人間』になってくる。だから、俺をお前の夫にしてくれ。」
「桜が散るまで?」
「俺の人生最後の桜が散るまで、だ。」
肩の上ではしゃぐ幼子を押さえながら、クロの声は真っ直ぐにサクラだけを求めていた。
「……順序は大分狂ってしまったが……プロポーズってやつだ。」
重ねあわせた手のひらに、ぎゅっと力がこもる。
「私も……人生最期の桜は、クロと見たい!」
南からの風に、クロの表情が花のようにほころんだ。
「サクラ、キス……してもいいか?」
「えええ? だって、人も居るし……ウメだって……」
「そんなことか?」
クロは、サクラをひときわ大きな桜の根元へと誘った。
「ウメ、綺麗なことが起きるぞ。上を向いていろ。」
言い置いてからクロは、滑らかな幹肌に唇を滑らせる。
「俺たちを……祝福してくれ。」
もしかしてそれは、あの島に残した桜への別れと贖罪だったのかも知れない。
ゴツと拳が幹を揺らし、震える枝先からザッと花びらが降り注いだ。
「お花、きれい!」
ころころと甲高い子供の声が弾む。
……そっと重なり合った唇を隠すように、花吹雪は静かに降り注いだ.
まだまだいくよ~♪




