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 檻の中に差し入れられた朝食は、固めに焼きあげられたパンだけだった。

 ここにきてから、毎食これしか食べていない。泣き枯れて食欲のない体が受け付けるような代物ではないが。

「一食分の栄養価がきちんと計算されて、練りこまれているんだ。嫌でも食っておけ」

 サクラはため息をつきながら、固くて味気ないそのパンをモズモズと咀嚼した。

「……マックが食べたい」

「マック……マクドナルドか?」

 独り言のつもりだったのだが、クロは意外なほどに反応する。

「マックを知ってるの」

「知識としては知っている。『はんばー』という食べ物を出す飲食店だ。あとは、芋もあるんだったな」

「ハンバーガーよ。それに、生の芋みたいな言い方をしないで。ポテトはね、油でこんがりと揚げてあるのよ」

「パンにはさんだ食べ物だと言うのは知っているぞ」

「そのパンもねぇ、こんな固い、ざらざらしたものじゃなくて、ふんわりと焼きあげたバンズに、ジュンワリと焼いたハンバーグと、しゃきしゃきのレタスを挟んで……仕上げは甘辛い照り焼きソースをトローリと……」

 一匹と一人の喉が同時に鳴った。恥ずかしさでクロの耳の先がぱっと紅潮する。

 それがとても人間臭く思えて、サクラはふふっと笑息をもらした。

「昨夜は、ごめんね? どうかしていたわ、私」

「気にするな。不安なときは誰かに八つ当たりしたくなるものだ」

 クロは残りのパンをごびりと飲み込み、きちんと『おすわり』の姿勢をとる。

「食べながらで良い、聞いてくれ。俺たちには脱出のための計画がある。もう何年もかけて練り上げてきた計画だ」

「脱出? ここから出られるの?」

「ああ。だが、すぐというわけにはいかない。計画の最後の一手がまだ見つかっていないからな」

「……帰れる……」

「全て元通りというわけにもいかない。前島が中途半端なことをするとは思えない。おそらく、お前の身近な人間は記憶操作と情報操作を施されて、『サクラ』という存在そのものが消されている可能性が高い」

 黒目がちな瞳が真っ直ぐ、サクラに向けられた。

「それでも、俺の望みはお前を『人間』に戻してやることだ。記憶操作は無理でも、情報ぐらいは何としてやる。お前の両親や友人の、できるだけ近くに新たな生活を……」

「ちょっと待って! 誰も私を覚えていないの?」

「落ち着け、サクラ! 派手な動きはやばい」

「『情報ぐらい』ってなに! 犬のクセに、そんなことできるわけ無いでしょ!」

「できる! 俺は……『犬』じゃないからな」

 悲鳴にも似た、胸を破るように強い言葉。

「『犬』じゃない?」

「俺は……『兵器』だ」

 呟く彼の視線が床に落ちる。それは、とても寂しげな動作だった。

「俺たちが作られた理由を知っているか? 動物として生まれたものに、人間並みの知能を埋め込むメリットは気軽に売り買いできる『商品』にできることだ」

「商品って何の?」

「生体兵器……使い捨てできる兵隊さ」

 自嘲の響きを含んだため息が鼻を鳴らす。

「俺はそのための実験体だ。ありとあらゆる戦闘訓練を受け、兵器としての可能性のために膨大な知識を詰め込まれている。ただの『犬』にすらなれない、半端物だ」

 耳も鼻先も床に向け、背中を大きく丸め込んだ姿は、泣いているようにも見えた。

「いっそ、ただの犬なら良かった。そうすればお前をこんな目に合わせることも……」

 白い腕が静かに伸べられ、後ろからするりとクロの首周りを包み込む。

「なっ! サクラ、何を……」

「人間は、寂しいときはこうやって、身を寄せ合うんだよ」

「寂しい……俺が?」

「ううん、私が」

 首の裏のふかりとした毛の中に、柔らかい頬が埋められる。人間より少し高い彼の体温は、コンクリートの床の無情な冷たさに冷え切っていたサクラの心をわずかに温めた。

「兵器なんかじゃないよ。クロは……こんなに暖かい」

 黒犬もまた、後ろから聞こえる静かな呼吸の音に満たされるような心地を感じていた。


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