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部屋ではドクターとクロ、二人だけの作戦会議が行われていた。
クロは、疲れきったサクラが眠るベッドの前にしゃんと座っている。対するドクターは一升瓶を抱えていた。
「あのなあ、まじめな話をしようって言うのに、一升瓶はないだろう」
「あら、これなら、まじめな話をしているとは誰も思わないでしょう」
くい、とコップをあおるドクターに、クロは少し呆れたように鼻を鳴らす。
「それで、サクラは大丈夫だったんだろうな」
「ええ、今日は身体検査と、後はレポートのための質疑応答ね」
ドクターは思い出しても腹が立つ気分を、グイと酒で飲み下した。
「全く……獣に抱かれるのはどんな気分だ……とか、獣を選んだ理由は何か……とか、ンなモン、愛だっつーのよね!」
「そんな上等なものじゃないさ、俺はな」
サクラが小さく寝返りを打つ。クロはベッドの上に伸び上がってはだけた布団を直してやった。
「本当に愛しているなら、抱くべきじゃなかった。綺麗なまま、人間の中に戻してやるべきだったんだ」
そのまま鼻先でさらりと黒髪をなでおろす。
「だけど俺は、どうしてもサクラが欲しかった。俺だけのものにしたかった。そんな汚い独占欲で、俺はサクラを汚したんだ」
安心しきった静かな寝息を確かめるとクロは目を細め、ベッドから前足を下げた。
「……ま、あんたがそう思っているなら、何も言わないわ」
コップに酒を注ぎ足しながら、ドクターは呆れ顔だ。
「それより、あんたのほうはどうだったの?」
「ああ、好ましくないな」
今日一日、クロはドクターのパソコンを借りてセキュリティーへのアクセスを試みていた。
「前回の脱出の際に使ったウイルスは既に解析された。特に、俺のプログラミングのクセは見抜かれている。不正にアクセスなんかしたら、一発だろうな」
「芳しくないわね」
「こんなとき、051がいてくれれば……」
懐かしく、そして未だ忘れることの出来ない『名前』に、ドクターは少し目を細める。くいっとコップを空けた彼女は、すっくと立ち上がった。
「『彼』が私と……そしてあなたに遺したものがあるわ。ついてらっしゃい」
黒犬は、柔らかな寝顔を浮かべる自分の女房を振り見る。
(サクラ。お前と、子供だけは何としても……)
ピンと立ち上がった耳が、彼の強い決意を表していた。




