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前島は上機嫌で、太い指に挟んだ超音波写真を弄んでいる。
彼が実験室に呼び出したサクラの隣には、黒犬の代わりにドクターが付き添っていた。
『大丈夫よ。危険な実験なんか絶対にさせないわ』
こっそりと囁く声が何よりも心強い。
サクラはぎゅっと唇を結んで前島をにらみつけた。
「そんな怖い顔をしなくても大丈夫。今日は幾つかの報告をもらうだけだからね」
楽しげに贅肉揺らして笑う前島は醜い、嫌悪が憎悪に変るほどに。
「安心したまえ。ノーネームには、交配実験の中止を伝えてある。彼が君を脅かすことはもうないよ」
ドクターがぐいっと前に出た。
「それは結構だわ」
前島の視線はドクターを捉えはしない。
「どいてくれ。今回僕が欲しいのは彼女の報告だ。君は黙っていてくれ」
サクラが引き結んでいた唇を開く。
「何でも聞いてください。でも、この子には指一本触れさせないから!」
「くふふっ、その子は僕にとっても大事な実験動物だ。無理をさせるつもりはないよ」
「実験……動物……」
「ドクターからの報告書は読んでいる。君は実に優秀な母体だよ。せいぜい、たくさんの実験動物を生んでくれたまえ。僕のために、『D』の完成のためにね」
「『D』……?」
ドクターがサクラを引き寄せ、守るように抱き込む。
「母体に、あんまりストレスをかけないで頂戴」
「ああ、そうだね。さっそくレポートしてもらおう」
そこから始まった前島の質問は、色々な意味でいやらしいものであった。
クロを『選んだ』理由に始まり、夜の生活についてまで……嘘を交え、時に真実を語りながらサクラが考えていたことはただ一つ、『いかに答えればあの黒犬を守れるか』。ただそれだけであった。
長い質疑応答を終えて部屋を出る頃には、精神的な疲れで膝がよろめく。
そんな彼女の体をドクターがしっかりと支えた。
「ねえ、ドクター?」
微かに青ざめた唇が強い意志をドクターに伝える。
「私に銃の扱い方を教えてください」
「そんなもの無くたって、あの子があなたを守ってくれるでしょ」
「それじゃダメなんです。クロは、命を賭けて私達を守るつもりだから!」
その瞳に宿る決意は、何者にも侵されない熱を帯びていた。
「私は……私を守れるようにならなくちゃ……」




