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全身の素肌をちくちくと毛先が撫でる。形の合わないキスは相変わらず不器用だが、いつだって優しい。
充足しきったクロは温かい布団の中でサクラを抱きしめた。
箱舟の確実な所在は未だに明らかではない。見つかったところで追跡チップを無効化するためにセキュリティシステムの撃破、脱出を阻むであろう人間達の始末……問題は山積みだ。
それに、脱出後の身の振り方だって……
「いっそ、ここにいた方が」
何気なく漏れた弱音に、サクラは鼻先を埋めていた胸をドンと叩いた。
「それはダメ!」
ここにいる限り彼は実験動物だ。いつ何時、あの残虐な男の狂気の実験につぶされるか知れない。
今だって体の大きさが変わるほどのことをされているというのに……
「ねぇ、クロ? 何度でも言うよ。私はクロが生きていてさえくれれば、それでいいの」
離れるようなことになっても、この温もりが消えることなく存在することを思い出すたび、愛しさは何度でも蘇るのだから。
だが、黒犬は少し沈んでその言葉を聞いた。
……ならば、この願いは贅沢すぎるだろうか。
「それでも、俺はお前と一緒にいたい」
「じゃあなおのこと、ここから出なくちゃね」
曇りない言葉に布団の中で尻尾が振れた。
「クロ一人くらい養ってあげる。だから、ずっと一緒にいて」
「でも、いや、それは……」
言葉での拒絶など意味が無い。こんなにぼふぼふと音を立てていては、布団に隠された尻尾の動きまで丸わかりだろう。
「あああ、くそっ! こんなとき、ニンゲンなら!」
クロは赤くなった両耳に前足を添えて顔を隠す。
「サクラ、お前は俺を甘やかしすぎだ。それは普通、男が言う台詞だろう」
堪えきれず、ぽってりと咲いた唇を獣が貪り食った。吐息を吸い上げ、誓いを吹き込む。
「俺は犬だからニンゲンの男のようなことはしてやれない。それでも、お前が許してくれるなら……一緒に居るための道を探したい」
決して平坦な道ではないことなど解っている。それでも、まだそのスタート地点にすら立っていないではないか!
(前島の実験なんかで潰されるわけにはいかない)
サクラと共に生きるために……固い決意を込めて、クロはサクラの唇を再び吸った。




