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われながら馬鹿な質問をしたものだ。
サクラはいたってノーマルな女だ。進んで獣に体を差し出すわけが無い。
だからこそ、言わなくてはならない。彼女が見ている俺の中の『人間』の本性を。
不安で膨れ上がる尻尾に力を込める。
「サクラ、俺は『タイプ・MAEZIMA』。俺の中には、前島の遺伝子が埋め込まれている」
サクラは青ざめ、ぶるぶると震えだす。
(やはり、受け入れられない……か)
俺はうなだれ、桜の木にもたれかかった。
力なく立ち尽くすクロの上に桜の木が幾枚かの葉を優しく降らせた。
そして『サクラ』も……彼女はうなだれる首に降るように腕を回す。
「そんなことで悩んでいたの? ずっと」
「そんなこと、じゃない。126にとどめを刺すあの瞬間、俺は自分の中にある『前島』を感じた。自分でもぞっとするほど冷たい心をだ」
サクラは黙って、真っ黒な被毛をなでおろす。
「どうすれば自分が生き残るか、いかに効率的に息の根を止めるか、そればかりを計算して。殺すことすらためらわない、あの嫌な感覚……」
「よくわからないけど、遺伝子ってそんなに重要なの?」
その声が湿っぽく震えている。
クロは初めて、サクラが泣いていることに気がついた。
「確かに、一卵性の双子にも個性があるように、人格の形成には外的要因も大きくかかわってくる。だが遺伝子というのは本質だ。例えば、本能的な選択を迫られたときに……」
「そんな難しい話、解んないよ!」
黒い尻尾がビクと恐れた。
逆にサクラの声は何をもためらわない強さでクロに迫る。
「クロは前島なの? 前島になるの? なりたいの?」
「……なりたくない。だから俺は常に、この体にある『あいつ』を憎んでいる!」
「それが『クロ』だよ」
「!」
「人は、遺伝子で恋したりしない。私が好きなのは、全部ひっくるめて『クロ』だよ」
「こんな俺でも……好きだと言ってくれるのか」
「うん」
クロは獣の唇でサクラに優しく触れる。
「この犬の体も?」
「うん」
「人間の心も?」
「うん」
黒い唇がするりとすべり、白い首元にキスが落とされた。
「……血まみれていても?」
「……うん」
「そうか……」
クロはキスを唇に戻し、柔らかな動きでサクラを押し倒した。ふんわりと大地を覆う草がつぶれ、青い香りが立ち上る。
「サクラ、俺の全てを受け入れてくれ」
性急な誘いに、サクラはうろたえた。
「こ、ここで?」
「ダメ……か?」
すがりつくような声なのに、彼の瞳はゆるぎない。
サクラが思わず頷いてしまうほどに……




