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黒犬は、どうしてもサクラの側を離れようとはしない。
「ふん、実験動物風情が、いっぱしにカレシ気取りか」
太った男は不快そうに言い放ったが、頑なな態度に肩をすぼめて一人と一匹を檻から出した。
連れ出された白く清潔感あふれる廊下は、サクラを取り囲む白衣の男たちの靴音をコツコツと硬く響かせる。
ぺたぺたと自分のはだしが頼りなく鳴るのを聞きながら、サクラは動物扱いされているその屈辱に唇をかんだ。
「心配しなくて良いよ。今日は身体検査をするだけだから」
肥った男は上機嫌で先頭を歩いている。
「より良い実験結果のためには、母体の健康管理は重要だからね」
サクラの隣を歩く黒犬は、不快そうにプフンと鼻を鳴らした。
前島が大きく扉を開く。そこには大病院でしかお目にかかれないような大型の医療機器が所狭しと並んでいた。
「ドクター!」
「そんな大声出さなくても、聞こえているわよ!」
検査機器の間から白衣のボタンを留めながら出てきた女性は、悪びれたように辺りを見回すオランウータンを従えている。
「またか。つまみ食いも、いい加減にしてくれ」
「私は自分の体を張って、実験体たちの仕上がりを検査しているのよ。科学者の鑑って言って欲しいわね」
おどおどと逃げ出すオランウータンには見向きもせず、彼女はつかつかとサクラに歩み寄った。
「ふむ、外見的な損傷も、疾病もなし……19歳という年齢的にも、体格的にも、十分に生殖可能ね」
科学者らしからぬ、何だかいたずらっ子のような笑いがその表情には浮かんでいる。
「じゃあ、検査を始めるわ。部外者は出て行ってくれないかしら」
「そうか、じゃあ、お前たちは……」
男たちに指示を出そうとする前島に、ドクターは冷たい視線を投げた。
「『部外者は』って言ったのが聞こえなかったのかしら。あなたもよ」
「じゃあ、あの犬は……」
「あの子のカレシなんでしょ? 部外者じゃないわね」
ドクターは冷たい笑顔で男達を追い出し、扉を固く締めきる。
検査室に残されたのはドクターと、サクラと、二人の間で悪い事をした後のようにうなだれているクロ。
「やあねぇ、そんな心配しなくても、余計なことを言ったりはしないわよ」
ドクターは軽くクロの頭をはたいた。その親密な距離感にサクラの心は小さくざわめく。
「あんたも、普通に喋って大丈夫よ。この部屋は私の意向でマイクは外してあるから。ま、カメラまでは無理だったけどね」
戸惑いと不信感で表情を曇らせるサクラをよそに、ドクターは手際よく検査の準備を始めた。
幾つも並ぶ機械類のスイッチをいれ、トレーの上には注射類が並べられる。
「採血と採尿と、後はCTスキャン。ああ、中の触診もさせてもらうわよ」
「触診?」
キョトンとするサクラを庇うように、クロがザッと飛び出した。
「無理だ! 昨夜、俺がしたばかりだぞ。まだ……そんな……」
「随分とかばうのね。そんなに反抗的な態度だと、あいつらが来ちゃうわよ」
ドクターに顎で監視カメラを示されては、クロも不服そうに唸りながら座り込むしかない。
「こっちはプロよ。任せておきなさいって」
サクラは診察台の上にどさりと押し倒された。
ドクターは、ぴったりと着けたゴム手袋に念入りにジェルを塗りこんでいる。
「サクラ、俺はその……何も見ないし、聞かないようにしておくから」
クロはサクラに背中を向け、前足で両耳を押さえて伏せた。
「まさか、『中の』触診って……」
「大丈夫よ。力を抜いてね」
ドクターが、サクラの下着を押し下げた。