13
検査の結果なんてクロとサクラを呼び出すための口実だ。
それでもドクターは律儀に書類を見ながらその数値をクロに伝えた。
「若いわねぇ。彼女を孕ませるには十分よ。だからナニするつもりなら、避妊だけはきちんとしなさい」
「なっに! は……するけど……」
クロは真っ赤になった耳をかきむしる。
書類から目を上げたドクターは厳しい表情をサクラに向けた。
「でも、あなた的には、しないほうがいいかもね」
「?」
「『ノア』が見つかったのよ。詳しいことは海の連中に調べさせているけれど、ほぼ間違いないわね」
デレていたクロの顔が、きゅうっと引き締まる。
「あれほど探しても見つからなかったのに!」
「私達は初めから勘違いをしていたのよ。島から脱出する手段と聞いて、勝手に『船』だと思い込んでしまった」
「船じゃない……潜水艦か!」
「そういうことよ。さて、これで脱出のためのピースはそろった……」
ドクターは、ぱさりと無造作に書類を投げ出した。
「そんな『犬』にごほうびをあげたりしなければ、あなたは綺麗なカラダのまま人間に戻れるわよ」
その言葉に反応したのは、サクラではなく黒犬のほうだ。とがった耳の先がピクリと震える。
「綺麗なまま……人間に……」
彼の迷いをさえぎるように、サクラは毛深いカラダに抱きついた。とがった耳に唇がそっと触れる。
「クロは、私が嫌い?」
小さく熱を込めたささやきは黒犬の劣情に爪を立てる。
「嫌いな訳がないだろう! 嫌いなら、こんなに……」
小さく赤い唇が、不恰好に裂けた犬の唇を塞いだ。
「ごほうびなんかじゃない。私はクロが欲しい」
「俺『が』?」
ふさりと黒い尻尾が持ち上がる。
「いや、でも、俺は……だな……」
サクラがふっと笑息を漏らす。
……私にとってクロは……
初めて触れられたあの夜から、一人の『オトコ』だった。
いつも守ってくれる真っ直ぐな『心』も、悲しい出来事から守ってあげたい『体』も、その全てがクロという『オトコ』なのだから……
「クロ、私はね……」
その言葉は、世界中の誰にも聞かれないように……たった一人のためだけに……ピンと立ち上がった黒い耳に吹き込まれた。
尖った耳先が、みるみるうちに紅潮する。太い尻尾は大きく持ち上がり、わさりわさりと中空を撫でて揺れた。
「……サクラ、俺も……俺もだ!」
前足が不器用に、だがしっかりとサクラを抱き寄せる。
それを見たドクターは頬を緩めた。
(本当に不器用な子達……)
だが次の瞬間、ぎゅっと顔を引き締めて殊更に険しい声を出す。
「いつまでもデレていないで、本題に入るわよ。ここから、あなたたちには、私の手駒として動いてもらうわ」
「サクラもか? 危険すぎる。俺だけでいいだろう」
「あのねぇ、今のあなたには、駒としての価値はほとんどないのよ」
ドクターは呆れたように頭を振った。
「あなたは派手にやりすぎた。前島の興味を引きすぎたのよ。あなたができるのは、せいぜい囮の役目くらいかしら」
「うぅ……」
「サクラちゃん?」
ドクターの声に、サクラは全身に緊張が走るのを感じた。
……初めて、名前で呼ばれた?
「私には、『彼』と約束がある。そのためには、あなたをも利用させてもらうわよ」
サクラは、壁にかけられた『彼』の写真を見た。そして、足元で心配そうに見上げている自分の『彼』を……
「サクラ、無理するな」
この優しい声を永久に失うくらいなら……
「解りました。『利用』してください」
サクラの声が、凛と辺りに響く。
「私も、クロを守るために、あなたを『利用』します」
ドクターは満足そうにクロの頭をはたいた。
「いい女を選んだわね」
アザ>ええ? サクラがクロに何を言ったかって? ふっふっふ~内緒です。
敢えて書かないことによって、読み手サンの想像力を刺激する、
これぞアザとーマジック!
クロ>ただ単に、読者に丸投げしただけじゃねえか。
アザ>解ってないな、クロ。たとえ言葉にしなくとも、行間から読ませるために、
作者は全てを解っていなくてはならないんだよ。
クロ>じゃあ、ヒントぐらい出してみろよ。
アザ>それは、ありきたりな、月並みな…でも、この世で一番幸せな言葉デス
クロ>ううう、その言い方、なんかこっぱずかしいぞ
アザ>たった一人にだけ聞かせる、たった一人にしか聞かせたくないほど甘い…
クロ>やめろ! 恥ずかしすぎる!
アザ>うっぎゃあああ! 齧るんじゃないイイイイイ!




