表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/89

11

(相変わらず、前島は醜い……)

 腹の贅肉を揺らす姿にサクラは強い嫌悪感を抱いた。

 二人の部屋へ『直々に』出向いてきた前島は必要以上に上機嫌で、よく喋る。

 血色の悪い唇の動きが、彼をさらに醜く見せていた。

「ドクターから聞いているよ。母体となる体を健全に保つための軽作業が必要だってね」

 サクラにある程度の自由を与えるための、ドクターからの提案。

「君には、あの檻の掃除をしてもらうよ。メインの作業は機械化されているんだ。軽いレクリエーションだと思えばいい」

 それだけを言うと前島はサクラへの興味をなくしたようだ。ねっとりと、ねめつけるような視線をクロに移す。

「スリーワン、君には、僕の実験を手伝ってもらいたい」

「普通に言えばいいだろう。実験動物になれ、と」

「ああ、スリーワン。その気の強さも最高だ。楽しい実験になりそうだよ」

 サクラの胸に一抹の不安がよぎる。

「その実験って、危険じゃないよね? 『彼』みたいになったりしないよね!」

「彼? あー、あー、ドクターの!」

 投げ返された視線は、酷薄なものだった。

「まだスリーワンをつぶす気はないよ。君との交配も済んでないしね」

 酷薄さの上に、さらに残忍な光が宿る。

「それに、彼は特別だからね。何しろ、希少なTYPE・マエジ……」

「ヴワン!」

 サクラの前ではめったに聞かせない犬の声が鳴った。

「そっかー、愛しの彼女には聞かせたくないよね、よもや、君が僕の……」

「無駄口を叩いてないで、さっさと実験を始めろ!」

「解ったよ。じゃあ、ついておいで」

 不安そうなサクラに向かって、クロは大きな口の端を軽くあげて見せる。

「夕飯までには、帰ってくるからな」


(しかし、醜い男だ)

 薬品の瓶を並べる太った指を見ながら、黒犬は思った。彼は自分に埋め込まれた『人間』の遺伝子が誰のものか知っている。

 だからこそ、目の前にいるこの男が誰よりも憎かった。

「あくまでも彼女に言わないつもりかい? 君に遺伝子を提供したのが僕だって事を」

「言えるわけがないだろう! 俺ですら認めたくないことだ」

「隠し事の多い恋愛は、フェアじゃないと思うよ」

「フェアとか、お前が言うな!」

 瓶を並べ終わった前島には、それ以上クロの言葉を聴くつもりは無かった。

「さて、中身が何かわかるかな?」

 黒犬の視線がちらりとラベルの上を撫でる。

「アナボリックステロイド、テストステロン、エリスロポエチン……筋肉増強剤だな」 

「薬剤に対する知識もあるとは、すばらしいね。さすがは『タイプ・MAEZIMA』」

 いちいちのオーバーリアクションがクロを苛立たせる。 

「でも、君に試してもらうのは、こっち」

 『A』とだけ書かれた大きな瓶に、黒犬は疑惑の念を隠せない。

「君なら、自分の体に起こった変化を薬学的にレポートできるだろ?」

「俺に、無理させないんじゃなかったのか」

「こんなの、無理のうちに入らないよ。せいぜい物質分泌を補う程度の、ジュースみたいなもんさ。君にはまだ、『彼』に投与した『D』を使うつもりはないよ」

 前島は軽く瓶をゆすって液体を透かし見た。

 遮光瓶の中の液体は、茶色くよどんで鈍い音を立てる。

 クロは慄然とした。目の前にいるサディスティックな笑いを浮かべる男にではなく、それを内包する、自分という存在に。

 逆毛立つ腕に前島の太い指が注射器を押し当てた。

「さあ、実験を始めようか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ