10
『検査』を終えて戻れば、殺風景な部屋に唯一彩りを添える大きなベッドが目につく。
「では、スリーワン、ご健闘を!」
二人を送り届けたアフガンは、やけに爽やかな一言を残して立ち去る。
クロは長い鼻先を寄せて苦笑した。
「いや、生理中の女相手に、ご健闘はしないから……」
振り向くとサクラは、つかれきった体をベッドの上に無防備に投げ出している。
「クロ」
ポンポンと隣を示す彼女に、クロはさらに苦笑した。
「できないくせに……俺を誘うなよ」
そうは言っても、サクラの隣はクロにとって一番心休まる場所だ。彼はすばやくベッドにもぐりこんで温かい体をすり寄せてやった。
「ドクターと何を話していたんだ?」
「昔話……ドクターと、『彼』の」
「そうか、あれを聞いたのか」
クロはサクラの頬にそっと唇を落とす。それは犬が良く見せる親愛の形ではなく、人間のオトコがするような、優しいキス。
「心配するな。俺はお前に撃鉄を引かせたりはしない」
「どうするつもり?」
「そうだな。まだ意識の残っているうちに、自分の始末ぐらい自分でつける」
「それじゃだめなの!」
サクラはクロの鼻先を両手で挟む。
「私のことがわかるうちに、遠くに逃げてね?」
「!」
「私も、遠くに逃げるから」
「……二度と、会えなくてもか?」
「それでも、クロが生きていてさえくれればいい。だから……約束して?」
「……約束する」
サクラはふんわりと笑って、クロを抱きしめた。
「でも、前は約束、破ったよね?」
「あれは……」
クロはうろたえ、せわしなく尻尾を動かす。
……確かに俺は『死なない』と約束しておきながら、自ら命を絶とうとした。だが……
「今度は本当に約束する。俺も……会えなくなっても、サクラが生きている方がいい」
クロは尻尾を止め、不慣れな抱擁の代わりにサクラを見つめた。
彼女の瞳は微かに潤んで、クロを誘う。
「サクラ、キス……してもいいか?」
返事の代わりに差し出された唇を、彼はチュプと、不器用な音を立てて軽く吸う。
今のクロはそれだけで満足だった。
「俺も、ひとつだけ約束をもらう」
クロの尻尾が再び動き出す、不安げに。
「本当なら必要ないことだと解っている。むしろ、しちゃいけない様な気もする。でも……それでも……」
「?」
「お前のソレが終わったら、俺は、お前を抱く」
クロの耳は、今までで一番赤くなっている。
その赤さを隠しもせず、じっと返事を待つ彼に、サクラは大きく頷いて見せた。




