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 夫婦の形としては歪なものだったが、そこには確かな愛があった。

 二人の形がぴったり寄り添うようになった頃、それは起こった。

「何のんきに、回診なんかしてるんだよ!」

 マヤのところへ生意気な黒犬が駆け込んでくる。

「今日は『実験』だって知っているんだろ!」

「ええ、知ってるわ」

 これまでも何回か、彼が『実験』に連れ出されることはあった。

 だが疲れきってはいても、彼はいつでも無事に戻ってきた。

「今日は、『D』の実験だって知らないのかよ!」

 黒犬の剣幕が、その異常を伝える。

 マヤは実験室ラボに向かって走り出していた。

「待てよ! 俺も行く!」

 並んで走り出した黒犬の体をふと見下ろせば、固まりかけた返り血に塗れている。

「あんた、どうやって檻から出たの?」

「そこらにいる人間の手首を、二~三本食いちぎってやったら、後は楽勝だったぜ」

 こともなげに言うその姿に不安の影を見て、マヤは慄然とした。

「そんなこと、うちの人は許さないわよ!」

「許すも許さないも、非常事態だ。あんた、その様子じゃ『D』について何も知らないな」

「何なのよ、その『D』って!」

「肉体を強化する、手っ取り早い方法って何だと思う?」

「え、運動と栄養のコントロール。他には……薬物による強化と外科手術かしら」

「もう一つある。遺伝子情報の書き換えだ」

「まさか!」

「オーバーテクノロジー過ぎるか? だが、現に俺たちはそうして作られた」

「それが『D』?」

「いや、『D』はもっと急性で、悪質な変化をもたらす。成功例は過去にたった一件しかない。『D』の唯一の成功例、それが……」

 実験室ラボの扉を開けながら、黒犬は呻くように吐き出した。

「前島だ!」


 扉の中は、赤く染まった部屋だった。

 研究者スタッフ達は大きな爪で切り裂かれた肉片となって転がり、部屋の中に立っているものといえば大きな虎と、その牙に右腕を預けている……

「前島!」 

 怒りのこもったマヤの悲鳴に、前島は左手を軽く上げて応えた。

「やあ、ドクター。すまないが、ちょっと取り込み中でね」

 前島の右手を食いちぎろうとしている『彼』の目には、あの優しい色は無い。本能のままに狩りを行う『捕食者』だ。

「051、いくら理性をなくしても、解るだろう。そのぐらいじゃ僕は殺せない」

 虎は幾度か口元を動かしたが、首をかしげて前島から離れた。

 破れた白衣はよだれに塗れてはいる。だがその下の皮膚には傷一つついていない。

 虎はゆっくりと振り向き、蒼闇色の瞳でマヤを見た。

(違う。こんなの、彼じゃない)

 そこには、彼女が愛したオトコは一片も残ってはいない。美しく、ただ残虐な獣が立っているだけだ。

【あんたは逃げろ!】

 小声でささやいて飛び掛った小さな黒犬は、大きく弾き飛ばされ、

「ぎゃうん!」

 壁に叩きつけられた。

大きな口から荒い息を吐く獣が、ゆっくりとマヤに歩み寄る。

「ドクター、これを使いなよ」

 前島が、マヤの足元に銃を蹴りやった。

「ねえ、体の関係があった男を殺さなきゃならないって、どんな気分? もし生き残れたら、ぜひとも報告レポートしてよ」

 マヤは震えながら銃を拾い上げる。

(解ってる。もうコレは彼じゃない。でも……)


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