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「医者としての頭脳を前島に買われた私は、この島に連れてこられた。そして彼は、私の身辺警護のためにあてがわれたの」


 前島が開いたドアの向こうで、情けない声がした。

「ほひいいい!」

(ええ? そんな鳴き方をする生き物だっけ?)

 あまりに意外な声に思わず反応を遅らせてしまったが、部屋の隅っこでぶるぶる震えている大きな獣は……

「虎?」

「心配ないよ。彼には、人間の遺伝子が組み込まれていてね、知性も、人格もある」

 尻尾の先までまるめこんで怯えている彼に、前島は歩み寄った。

「彼は、素体番号コード051。適合例の少ない、希少な遺伝子を持つ……」

 自信満々に振り向いたその笑顔に、マヤは冷たい嫌悪を感じた。

「タイプ・MAEZIMAだ」


……身辺警護とは言っても……

「むしろ、私をここから出さないための見張りよね!」

「そのとおりですな。面目ない」

「大体、そんなでかい図体して、ビビリってどういうことよ!」

「ううう、面目ない」

 彼に持ってこさせた酒をマヤは一気に呷った。

 上品に、慎ましやかに生きてきた彼女は、これまでヤケ酒などしたことが無い。もちろん、こんなに声を張り上げたことも。

 子供の頃のマヤが親から望まれたこと、それは『勉強のできるいい子』だった。家庭教師をつけ、教育に金をかけてはくれたが、成績以外のマヤの『人格』には無関心だった。

 秋津山家に嫁いでからは、貞淑な妻、もしくは、子供を生むための道具であることを望まれた。もちろん、優秀なマヤは相手が望むように振舞ってきた。そつなく、完璧に。

……なのに……

「なんで、こんなところに売られなくちゃならないのよ!」

「まったく、面目ない」

 グイとコップ酒をあおると、目の前がゆらりと揺れた。

「あんたもいきなさいよ」

「わしは、酒は……」

「付き合い悪い男は、もてないわよ」

 目の前の虎に無理やりコップを押し付ける。

「は~あ、馬鹿みたい。ちゃんとイイコにしていたのに」

 ちびりと酒をなめる彼が霞むのは、酔いのせいだろうか……

「大体、私はねえ……!」

……私は、なんだったのだろう。夫にとって、親にとって。私は……

 冷静になって目の前を見れば金色の毛皮に美しく黒を描く獣が。彼は首を低く下げ、アイスブルーの瞳で上目使いに見つめ返してくる。

「ごめん、ちょっとトイレ……」

 立ち上がろうとした足元が、よろめいた。

「あぶな~い……ほひい?」

「なんであんたが先に倒れてるのよ!」

 マヤを助けようとして派手に転んだ彼は、酔いの回った足取りでふらりと立ち上がる。

「あんた、寂しいんじゃなぁ。わしがその寂しさ、食ってやる」

 大きな肉食の獣は、とろりとしたまなざしでマヤに歩み寄り、かすれた声を降らせた。

「じゃから、わしに食われてみんか?」

「あはははは、人生の〆としちゃ、悪くないわね」

 マヤは、彼が食いつきやすいように床に身を投げ出した。

「どうぞ。好きにすれば?」


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