6
「医者としての頭脳を前島に買われた私は、この島に連れてこられた。そして彼は、私の身辺警護のためにあてがわれたの」
前島が開いたドアの向こうで、情けない声がした。
「ほひいいい!」
(ええ? そんな鳴き方をする生き物だっけ?)
あまりに意外な声に思わず反応を遅らせてしまったが、部屋の隅っこでぶるぶる震えている大きな獣は……
「虎?」
「心配ないよ。彼には、人間の遺伝子が組み込まれていてね、知性も、人格もある」
尻尾の先までまるめこんで怯えている彼に、前島は歩み寄った。
「彼は、素体番号051。適合例の少ない、希少な遺伝子を持つ……」
自信満々に振り向いたその笑顔に、マヤは冷たい嫌悪を感じた。
「タイプ・MAEZIMAだ」
……身辺警護とは言っても……
「むしろ、私をここから出さないための見張りよね!」
「そのとおりですな。面目ない」
「大体、そんなでかい図体して、ビビリってどういうことよ!」
「ううう、面目ない」
彼に持ってこさせた酒をマヤは一気に呷った。
上品に、慎ましやかに生きてきた彼女は、これまでヤケ酒などしたことが無い。もちろん、こんなに声を張り上げたことも。
子供の頃のマヤが親から望まれたこと、それは『勉強のできるいい子』だった。家庭教師をつけ、教育に金をかけてはくれたが、成績以外のマヤの『人格』には無関心だった。
秋津山家に嫁いでからは、貞淑な妻、もしくは、子供を生むための道具であることを望まれた。もちろん、優秀なマヤは相手が望むように振舞ってきた。そつなく、完璧に。
……なのに……
「なんで、こんなところに売られなくちゃならないのよ!」
「まったく、面目ない」
グイとコップ酒をあおると、目の前がゆらりと揺れた。
「あんたもいきなさいよ」
「わしは、酒は……」
「付き合い悪い男は、もてないわよ」
目の前の虎に無理やりコップを押し付ける。
「は~あ、馬鹿みたい。ちゃんとイイコにしていたのに」
ちびりと酒をなめる彼が霞むのは、酔いのせいだろうか……
「大体、私はねえ……!」
……私は、なんだったのだろう。夫にとって、親にとって。私は……
冷静になって目の前を見れば金色の毛皮に美しく黒を描く獣が。彼は首を低く下げ、アイスブルーの瞳で上目使いに見つめ返してくる。
「ごめん、ちょっとトイレ……」
立ち上がろうとした足元が、よろめいた。
「あぶな~い……ほひい?」
「なんであんたが先に倒れてるのよ!」
マヤを助けようとして派手に転んだ彼は、酔いの回った足取りでふらりと立ち上がる。
「あんた、寂しいんじゃなぁ。わしがその寂しさ、食ってやる」
大きな肉食の獣は、とろりとしたまなざしでマヤに歩み寄り、かすれた声を降らせた。
「じゃから、わしに食われてみんか?」
「あはははは、人生の〆としちゃ、悪くないわね」
マヤは、彼が食いつきやすいように床に身を投げ出した。
「どうぞ。好きにすれば?」




