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 二人きりになると、ドクターは手元で検査用の機器を整える。その視線はワザとのようにサクラを見ようとはしない。

「お勧めしないわね。『実験動物』に名前をつけるなんて」

 その言葉は鋭く、サクラをえぐろうとでもしているようだ。

「彼らは過酷な『実験』に使われる、所詮は使い捨ての生き物よ。死に行く者に特別な感情を抱いたりしたら、自分が苦しむだけよ」

「でも、ここでは、私も実験動物です」

 揺ぎ無い言葉に、ドクターがサクラを振り見た。

「それでいいの?」

「良い、悪いじゃありません。前島から見たら、私もクロも同じ、実験動物なんでしょ」

「そうね。そこは間違っていないわ」

 ドクターは再び、サクラから視線をはずす。

「でも、あの黒犬に中途半端に情を与えるような真似はやめて頂戴。あの子はあなたが思っている以上に繊細なのよ」

「あなたの情夫おとこだからですか」

 嫉妬を含んだ強い語調に、ドクターが微かな微笑を浮かべた。

「誤解しているみたいだけど、あの子と私はそういうのじゃないのよ?」

 余裕の態度に、サクラの怒色はますます濃くなる。

「あの子と私は……そうね、戦友って所かしら」

「戦友ってのは、体の関係があったりするものなんですか?」

「ああ、それは……うん、迂闊だったわね」

 ドクターは壁にかけられた一枚の写真に指先で触れた。

「浮気よ。私には『彼』がいるもの。」

 そこには今よりも少し若いドクターと、隣に並ぶ大きな虎が映っている。

「でも、駄目ね。何人もの生きている男に抱かれても、死んでしまったたった一人の思い出を消してはくれない」

 あまりにも懐かしげなその表情に、サクラは、目の前にいるはずのドクターが、急に遠くに行ってしまったような感覚にとらわれた。

「『彼』の話をしてあげましょうか」

「どうしてそんな話を私にするんですか」

「あなたにとっては、他人事じゃないはずだからよ」

 ドクターは微笑みながら、処置室のドアを軽くノックする。

「まだなの、やっぱり彼女に、手伝ってもらう?」

 処置室の中で、クロの声がうめいた。

「冗談じゃない、こんな恥ずかしい姿……ああっ! しぼんだ?」

 ドクターは満足げにうなづく。

「まだかかりそうね。ゆっくりと話してあげるわ。」


◆◆◆

 それは政略結婚だった。

 秋津山家は優秀なマヤの子を欲しがり、マヤの実家は経済的援助を必要としていた。

 そうして嫁いで来て五年。いまだマヤに子供はいない。三度目の体外受精も、着床には至らなかった。

「まったく。お勉強のできる嫁ってのは、子宮に回るはずの栄養まで頭に行ってるんじゃないかねぇ」

 親戚中から笑いものにされても夫はかばってくれない。

それどころか、最近ではマヤを一人寝の布団に残したまま、朝まで帰らない日が続いている。

 今夜も冷たい布団に横たわって、彼女は泣いていた……不穏当な足音が近づいていることにも気づかずに。

「この女です」

 無遠慮にはいってきたのは、聞きなれた夫の声と見慣れない男たち。

 がばっと布団をはがされ、拘束される。悲鳴を上げようとした口もふさがれた。

「大人しくしなさい、マヤ。すでに代金はいただいた」

……何を言っているの? 代金? 私を売ったの?

「心配しなくても先様が欲しがっているのは君のその頭脳だ。大事にしてくれるだろう」

 夫はもう、マヤの顔すら見ようとはしなかった。

「……これで君の冷たい体を抱かなくて済むと思うと、ほっとするよ」


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