4
クロとサクラを『検査』に呼び出したドクターは大爆笑だ。
「……で、すん止めされたわけ?」
サクラの着替えを待つクロは、しょぼんと背中を丸めて座っている。
二人をここまで連れてきたアフガンハウンドは、すぐには退室せず、ドクターのすぐ隣に胸張って座っていた。彼の唇が形良く歪み、呆れきった溜息が漏れる。
「あの人間が来てからのあなたは、少々おかしいですよ」
「別に、おかしくは無いだろう」
「いえ、おかしい。まず第一に、単独での脱出計画。しかも、ご自分の命と引き換えになど、ずさん極まりない! おまけに、私のことまで騙しましたよね?」
「それは……すまなかった」
「第二に、生殖実験。とり合えずカタチだけでも、やつらの言う通りにすればよいでしょう。せっかく隠し通していたご自分の能力まで晒して、何を考えているんですか」
「……カタチだけ……か」
オトコとして、力ずくなやり方も知ってはいる。サクラを前にして無理やりな気持ちに苦しんだことだって、一度や二度ではない。
それでも彼女を奪わなかった理由を上手く説明することは、出来そうにも無かった。
「上位のものに意見すべきではないと言うことも、重々承知しています。だけど言わずにはいられない! あんな、ひ弱な人間に執着して、犬としてのプライドまで捨てるつもりですか!」
下位の者に怒鳴られた事がクロの犬としての心を尖らせた。実に獣らしい怒号が辺りに響く。
「プライドまで捨てたつもりは無い! 何でお前に怒られなくちゃならんのだ!」
吼えあうような大声にドクターは耳を塞ぐ。
サクラが検査室のドアを蹴るようにして飛び出してきた。
「クロ、心配してくれているんだよ! 心配だから腹を立てているんだよ!」
その声がクロの心を一瞬にして『人間』に引き戻す。
「そうか、心配……してくれたのか。ありがとう」
サクラに聞こえないようアフガンの耳元にぐっと近づいて、クロはさらに言葉を継いだ。
「だが、サクラは俺にとって、『ひ弱な人間』じゃないんだ」
優しげな声がアフガンから離れる。
その様子を見たサクラは、無防備な笑顔を浮かべた。
「仲直りできて良かったね。ちゃーちゃん」
ぶほっとむせ返るクロ。その両肩は小刻みに揺れていた。
「私を呼ぶなら、コード126と……」
「そんな数字、覚えられないよ」
黒い尻尾がこらえた笑いでゆさゆさと揺れる。
「ちなみに、なぜ『ちゃーちゃん』なのか、聞いても?」
「全体的に茶色いから?」
堪えきれず、クロは肩を大きく震わせて尻尾で床を強く叩いた。
だが、ドクターの眉尻は不快そうにあがる。
「検査を始めるわよ」
クロの鼻先にダンボールが投げ出された。
「好きなのを使っていいわよ。使い方は解る?」
鼻先でふたを押し開けたクロは、微かにうめく。
「……ネットで……見たことがある」
「何、それ?」
「う。たいしたものじゃない」
黒い体が覆いかぶさるようにして、サクラの目から箱の中身を隠した。
ドクターがけらけらと笑う。
「一人遊びの『お道具』よ。あいつらに疑われないように不妊検査をするの」
「ドクター、サクラに変なことを教え無いでくれ」
「それともあなたが、手とか、口でしてあげる? やり方、教えるわよ」
「ドクター! これ、これでいいから! それ以上余計なことは言うな!」
クロはろくに選びもしなかった。無造作に取り出したそれを、サクラから隠すように確認すると……
「随分とマニアックなチョイスね」
「いや、間違えた! もう一回、選びなおしを……」
「だめ。それでしてらっしゃい。じゃないと、彼女にコレを説明するわよ」
「う……でも、そういう趣味は……」
ドクターは、満面の笑みでサクラを振り返る。
「コレねえ、電極で……」
「コレで結構です。大急ぎで採ってきます。だから、余計なことを言わないでください」
懇願しながら、クロはそれを咥えあげて処置室へと駆け込んだ。
「さて、あなたも出て行ってくれるかしら。私はこの子と女だけの話があるの」
ドクターはアフガンを押し出すように放り出し、部屋のドアをばたんと閉めた。




