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島の南端の崖は特に高く切り立っている。海へと大きくせり出し、その先端に立つことすらはばかられるほどだ。
クロはそんな崖の上に居た。
彼が考える人間と動物の大きな違いは『自殺』だ。
どれだけ人間としての知性を埋め込まれようとも、動物の体を持つ彼らは本能的に死を避ける。まして自ら命を絶つなんてことは絶対にない。
……ならば、それを逆手に取ればいい。
「ここなら……」
死体があがらなくても不審には思われないであろう。
ふと、サクラの思い出が彼の脳裏をくすぐる。
だが、それが彼にもたらしたのは、灼けつくような劣情ではなかった。
……他愛なく二人抱き合って、同じベッドで眠った、あの瞬間のような幸せなぬくもり。
あのぬくもりの中で、彼女は言った。「待っている」と……
「すまん、サクラ。もう……」
二度と会うことは叶わないだろう。
人間の中に戻れば、出会いはいくらでもある。こんな獣ではなく、きちんとした人間の男を選んでくれればいい。ただ幸せにしてくれる、いい男と……
「俺のことは、早く忘れてくれ」
哀しい想いを胸に、クロは助走を始めた。
さっくりと切り取られた大地の終点が見る見る近づく。
「!」
強く踏み切ると、彼の体は青空に放り出され、世界がぐるりと回った。
視界の端に島から飛び立つヘリが映る。
「……幸せになれよ」
最後の言葉は、空のように青く、いとおしい女のように両手を広げた海へと、ただ飲み込まれていった。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。第一部 完




