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 追っ手の男たちは見当違いな方向に走り去る。

 クロとサクラは茂みから這い出した。施設の出口からはさほど離れていない。

「次のやつらはこうは行かないだろう」

 ウイルスも、今頃は駆逐されているだろう。そうすれば、埋め込まれた追跡チップが息を吹き返す。

「サクラ、そこにかがんでみろ」

 桜色の耳たぶを日に透かすとポチリと小さく異物が透ける。クロはそこに牙を立てた。

「少しだけ、我慢しろよ」

 そっと、しかし思い切って皮膚を食い破る。

(つぶしてしまっては意味が無い)

 細心の注意を払ってそれを抉り出す。

「傷口を押さえろ。強めにな」

 彼女を傷つけた罪は鉄臭い血の味がした。それを取り出したばかりのチップと共にのみ下す。

「この後の段取りは、頭に入っているな」

「解ってる。やつらがいなくなったら、その隙にヘリポートを目指すのよね」

「道順は?」

「大丈夫。ばっちり覚えた」

 クロは気丈に頷く彼女の、傷口を押さえる手に口付けた。

「すまないな。人間のオトコなら、お前を傷物にした責任をとるのだろう?」

 サクラは思った。

……傷なら、もっと別の場所にある。二度と恋はできないんじゃないかというほど深く刻まれたこの気持ちの責任は?

「クロは、まさか、死ぬ気じゃないよね?」

「どいつもこいつも……俺が死にそうに見えるのか?」

 彼は牙を見せて大きく笑う。

「人間と違って、俺達動物は生存の為の本能が強いんだ。たかがメスのために命まで賭けるつもりはない」

「本当に……死なないでね」

「約束する。死んだりはしない」

 サクラは、クロの首に腕を回そうとした。だが彼は、そんな彼女を強く突き放す。 

「俺のことより、自分の心配をしろ。お前達人間は、生存本能が弱すぎる。すぐに命をあきらめようとする。俺は正直、お前のほうが心配だ」

 サクラは、名残惜しそうに、さらに腕を伸ばした。

「クロ、必ず会いに……」

 彼はひときわ大きく吼える。

「行け!」

 ぐっと押し留められた指先から逃げ出すように、黒犬は走り出した。


 本当は、あの細い腕に縋ってしまいたかった……

 それでも俺はサクラを振り切って走り出した。

 腹の中に飲み込んだチップは、今も彼女が俺の傍らに居るがごとく装ってくれてるはずだ。犬のフルスピードで駆け回るわけにはいかない。

 だが、たった数週間だったが『サクラ』は、俺の中に深く刻み込まれている。彼女の走るスピード、息を切らして立ち止まる様子までを見ている様に思い浮かべることができる。

 彼女がヘリポートにたどり着くまでの時間を稼ぐのは難しくはないだろう。

 問題はその後。やつらには、サクラが死んだと思わせないといけない。

……俺には、この島に来た人間達がどうなったか、その顛末をサクラに聞かせることが、どうしてもできなかった。

 女達は望みもしない獣との交接に体を汚され、実験動物として心まで奪われる生活に耐え切れずに精神のバランスを崩した。

 一人は部屋で首をつり、もう一人は崖から飛び降りて死んだ。

 まだ小さかった俺は、その哀れな姿を見て思った。

(人間は、脆い)

 その心の複雑さゆえに、壊れ始めると止まらない。

 だから俺はサクラを護った。

 サクラを壊そうとする人間達から。そして、彼女の全てを貪り食おうとする、自分自身から!

「意外と我慢強いな、俺」

 遠くで、ヘリのローターが回る音がする。

「計算どおりだ」

 あのヘリに、彼女は乗っているだろう。俺が教えたとおり、荷室の隅に隠れて。

「じゃあ、こっちも最後の仕上げ、だな」

 俺は島のぐるりを切りとっている崖目指して走り出す。

……死んだ女達は、たった一つだけ、俺にヒントを与えてくれた。


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