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 凄惨を極める戦いがサクラの目の前で繰り広げられる。彼女の唯一の気がかりは黒犬が優しすぎることだけだ。

 あの泉のほとりで、彼はこの面妖な生き物……『デキソコナイ』にさえ深い親愛と慈悲を見せた。その彼にこんなことを願うのは酷だろう。

 それでも……

(お願い。無事に戻ってきて!)

 大きな生き物が信じられないほどの俊敏さで黒犬に飛び掛った。

 黒い弾丸のように加速と回転をつけた体が、はるかに大きな相手の懐まで一気に飛び込む。削られた喉もとの肉が散り咲き、鮮血が天井近くまで吹き上がる。

 巨体がぐらりと揺れた。

 ぐっと着地の為に踏ん張った黒犬も、開いた傷口からの紅血にバランスを崩して大きく転がる。

 ガラス張りの『観察室』でサクラの隣に座る男は、その様子にご満悦だ。

「さすがは111素体。彼の戦闘評価はAAAトリプルエーだからね。このぐらいの体格差でも問題は無いんだよ」

(問題は無い?)

 この男には見えないのだろうか。ガラスの向こうから睨みつけている黒犬の、怒りと、憎しみと、そして悲しみが!

 がくりと膝を付いた獣を警戒しながらも、クロは漆黒の瞳を燃やして真っ直ぐに前島を睨む。彼こそが本当に闘うべき、憎むべき『敵』だと……

 鮮血に染まった口が苦痛にギリと音立てるのを、サクラはただ見ているしか出来ない。

「ばかだねぇ、僕に刃向かうのがいかに無駄か知っているだろうに、あの反抗的な目!」

 吐き気がするほどの嫌悪感にサクラは震える。

 ガラスの向こうでは、ついにデキソコナイが冷たい床に倒れた。


 狭いシャワールームで、クロは血に塗れた己を飛沫に打たせていた。熱めの湯も、罪無き生き物を手にかけた痛みを流してくれはしない。

「俺は……『兵器』だ」

 犬歯の間から吐き捨てる彼の背後にサクラが抱きつく。

「表で待っていろと言ったはずだ」

「うん」

「濡れるぞ」

「うん。濡れるね」

「……サクラ……俺を見ただろう」

 後ろから強く抱かれるぬくもりの中で、黒犬は肩震わせて泣いていた。

「爪を打ち下ろし、牙を立てる醜い俺を見ただろう。あの大人しいだけの生き物を傷つけ、むごたらしく命を奪う、獣以下の俺を……見ただろう」

 サクラの腕は、けっしてクロから離れようとはしない。

「クロ、一人で泣かないで」

「サクラ、俺は……俺を……頼む、もう少しだけ、こうしていてくれ!」

 黒犬の喉元から咆哮とも、慟哭とも付かない激しい叫びがあがる。

 女は、その涙さえも抱きしめるように、ただただ静かに腕に力を込めた。

 叩きつける水音の下に……そこにはただ寄り添いあう、2個の『生き物』だけがあった。


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