16
『訓練』を告げに来たアフガンは、ふさりと高貴な尻尾を揺らして黒犬に囁く。
「ノーネームと出会ったそうですね」
「ああ、サクラを『交配相手』と呼んでいた」
それはクロにとって最大の禁句だ。
生殖のための道具だと割り切れるぐらいなら、とっくの昔に抱いている。だが、自分と同じ『実験動物』に貶たくはないから……
サクラを振り見たクロは耳の先を赤くした。夕べの不器用な抱擁の温もりは未だ冷めることなく、時に強い欲情となって荒れるようにサクラを欲する。
……俺が人間なら……
こんな獣性を飼いならすことができるのだろうか。静かに、温かな気持ちを胸に抱いて、彼女の心だけを愛することが……
「スリーワン?」
怪訝そうなアフガンの声に現実に引き戻される。
クロは心配そうに自分を見つめているサクラに、口の端をあげて見せた。
「いつもどおりだ。俺から離れないようにしろ。」
ほうと安堵の溜息をつく女が、クロには何よりも眩しかった。
……訓練。
できれば、この姿をサクラに見せたくは無かった。それでも俺は、サクラを守らなくてはならない。
マシンを使った走り込みと筋力トレーニング。
それらを、サクラはただ黙って傍らで見ていてくれた。
……問題はここから……実戦訓練だ。
狭い部屋の中に『デキソコナイ』が放たれる。元は何か大型の、おそらく熊なのだろう。人間のパーツが混じった体は馬鹿でかく、俺の4倍はありそうに見える。
攻撃本能を最大限に引き出すべく脳幹を処理されたその個体は異常に首を振り、おかしな唸り声をあげた。
これを、今から俺が……殺さなくてはならない。
既に殺戮のためのマシンと化した彼らには、俺を殺すことしか頭に無い。殺さなくては、殺される。
……サクラ、きっとお前は恐れるだろう。自分が生き残るために、この罪も無い生き物に牙を立てる俺を……そして、蔑むだろう。それでも……それでも、お前を守りたい!
俺は戦いの爪を鈍らせる包帯を、牙ではずした。