12
熱帯特有のスコールが、叩きつけるように木々を揺らす。
『デキソコナイ』達も、雨を避けようと散り散りに走り出した。
「サクラ、こっちへ」
クロに案内されて手近な洞窟に駆け込む。さして広くない洞窟には、すでに何頭かの動物達が入り込んでいた。
「あんたたちも来たのかい」
サクラを見つけた『おばちゃん』が近寄って来る。
いつもは格子越しに言葉を交わす彼女は近くで見てもやはり慈愛にあふれ、ひどく頼もしい存在に思えた。
「おばちゃんも来ていたの」
このチンパンジーに対してはクロもひどく気安い。
「ちょうど良かった。みんなで彼女を暖めてやってくれないか。人間は毛が無い分、俺達より寒さに弱いからな」
おばちゃんは、チンパンジーらしく唇をめくりあげて笑った。
「いいのかい? サルの男は、あんたよりよっぽど人間に近いんだよ」
「ただし、メス限定で!」
耳を赤くして怒鳴るクロの様子に笑いながら、おばちゃんはサクラのすぐ隣に体を寄せる。ほかにも何頭かの動物達が取り囲み、身を寄せ合い、温かな体温でサクラの冷えた体を包み込んだ。
「あんたも、オスだろ。あっち行ってな」
おばちゃんに放り出されたクロは仕方なく、少し離れて座りこむ。
「おばちゃん、クロは別に……」
「いーの、いーの。あんたと、女同士の話がしたかったんだから」
おばちゃんが最高の親密さで唇をめくる。
「で、どうだい、あの子は?」
顎で指し示されたクロは、ごろりと背中を向けて不貞寝しているようにも見える。
その姿はひどく人間くさく、サクラの心を小さく突き上げる。
「どうって……いつも守ってくれて、感謝してる」
「感謝しているなら、たまにはごほうびでもあげちゃあくれないかい?」
「ごほうび?」
「ああ、鈍い子だねぇ。あれだってオスだよ。ごほうびっていったら、ソウイウコトに決まってるだろ」
「そっ!」
サクラは真っ赤になって、おばちゃんの肩越しにクロを透かし見た。
大きくあくびをしている姿は正しく『犬』。だが、真っ直ぐこちらを振り返った漆黒の瞳と視線が重なった瞬間、サクラは体の奥がじんと焦げる。
「私じゃ、クロのごほうびにはなれないよ」
「そうかい? あの子にとっちゃあ、何よりのごほうびだと思うけどねぇ」
おばちゃんは黒目がちな瞳を不思議そうにくるりと動かす。
雨音はいつの間にか静まり、洞窟の中に活気が満ち始めていた。
「まあ、その気になったら合図でもしておくれ。見ないフリぐらいはしてあげるから」
差し込む日差しに誰かが歓声を上げる。
洞窟にいた動物達は、明るい日差しの中へと飛び出していった。