11
久しぶりに浴びる日差しは強く、一瞬、視界が白く飛ぶ。
回復したサクラが見たものは深い緑……図鑑でしか見たことがないような面妖な植物が重なって生い茂る、ジャングルだった。
「大丈夫か」
あたりを気にしながら、黒犬が小声で囁く。
「お前は、今回の実験のメインだ。おそらく監視が厳しくなっているはず。うかつなことはしないようにしろ」
細く踏み築かれた獣道を進めば、微かな葉擦れの音と緑のにおいが立ち上る。
その中を無言のまま黒犬が小走りに駆ける。
「ちょ、ちょっと……」
時折振り返ってサクラを気遣うそぶりは見せるものの、彼が足を止めることはなかった。
頭上に気配を感じて見上げると、いつもは向かいの檻の中にいるチンパンジーが木の枝にぶら下がっている。
「おばちゃ……」
あれほどおしゃべりな彼女が『しーっ』のゼスチャーでサクラの言葉をさえぎった。
彼女が無言で指差すほうへ、クロが再び走り出す。息を切らしたサクラは、クロの背中だけを必死で追いかけた。
小さく広がった草地で、クロはやっと足を止める。中央には小さな泉が湧いていた。
「無理させたな。大丈夫か?」
クロの言葉に、ここが『安全』であることを知ったサクラは、膝から崩れ落ちる。
「このくらい……平気。……でも、水……」
クロは、サクラを泉の方へ引っ張った。
「まさか、これ、飲むの?」
「俺たちの水のみ場として、管理されているものだ。水質に問題はない」
「そういうことじゃなくて……」
都会っ子のサクラには、地面から直接水を飲むという経験がない。水溜りのにごった水を飲むような、野蛮な行為だと思っていた。
だが、目の前にある泉は、底が見えるほどに透き通っている。
「ここは湧き水だからな。特にうまいぞ」
クロが先に泉に口をつけて、一口を飲んで見せた。
毛の生えた太いのどが、大きく、なまめかしく動き、水を飲み込んでいく。
……それを見ていると、乾く。体の奥底が焼かれるような、強い渇き……。
サクラは思い切って泉にかがみこみ、水を口に含んだ。
「どうだ、うまいだろ」
水が甘いと感じたのは初めてだった。カルキの匂いも、ペットボトルのプラスチック臭さもしみこんだことがない、まっさらな水。
その清浄な液体は、合成の着色料やら、甘味料やらで傷ついたサクラの舌を癒し、喉を潤した。冷たい水は気持ちをも落ち着ける。
冷静になった彼女は草地を取り囲む林から、面妖な生き物たちがこちらを伺っていることに気づいた。
「クロ、あれは?」
「あれが本当の『デキソコナイ』だ。」
体のベースは犬だったり、トラだったり、カピバラなんかもいる。
ただ、クロたち施設の中にいる者たちとは違って、彼らには知性が感じられない。
「遺伝子というのは複雑で、どんなに緻密な計算をしても計算通りの結果が得られるとは限らない。」
おどおどしながら近寄ってくる彼らの体を見たサクラは、嫌悪感で息を呑んだ。
動物の体に人間の手足が生えた者。それも本来の四肢の代わりに生えているのは、まだいいほうだ。あってはいけない肩の上や、背中から毛のない手足を突き出した者もいる。
動物の体に、人間の乳房を垂らした者。尻尾の代わりに、人間の腕が生えている者。動物の体に……あんまりな姿に、目をそむけることすらできない。
そんなサクラの目の前で、クロは親密と愛情を込めて彼らに擦り寄った。
「彼らはもっとも過酷な実験に回される、いわば使い捨てだ」
甘え擦り寄ってくる特に小さな1頭を鼻先でちょいちょいと構ってやる黒犬の姿は慈悲深く、そしてどこか寂しげでもあり……サクラの内におかしな慕情を呼ぶ。
この優しい『彼』に、あの繊細な鼻先に、そして黒い毛で覆われた逞しい体に触れられたい……胸鳴らす感情。
そんな熱を冷ますように、サクラの鼻先に大粒の雨滴がポツリと当たった。