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ここでの生活の基本は『訓練』『学習』『運動』の三つ。それら日替わりのカリキュラムに、必要に応じて『検査』と『実験』が組み込まれる。
兵器としての機能を高め、潜在能力を引き出すための『訓練』。
交配と言う『実験』中の身であるがゆえに今のクロとサクラには免除されているが、憎憎しげな黒犬の語り口からは、彼がそれを快く思っていないことは明らかだった。
人間の社会通俗から高度な学習知識までを強制的に刷り込まれる『学習』。
それを受ける黒犬にサクラは同行した。特殊な技術で超高速化した映像を強制的に見せられるそれは、想像以上に非道なものであった。
体をしっかりと固定された上に目玉までを特殊な器具で開かれ、拒む事は許されない。口から泡混じりのよだれを垂らしながら解放された黒犬を、サクラはただ抱きとめてやることしかできなかった。
そして、島に放牧される『運動』。
どの動物達もこの日を唯一の楽しみにしていた……
「ねえ、今日は『運動』じゃなかったかい」
おしゃべり好きな向かいのチンパンジー。サクラはそんな彼女を、親しみを込めて『おばちゃん』と呼んでいた。
ウキウキと毛づくろいをする今日の彼女は特に良く喋る。
「そこの壁がガバッと開いて、表へ出られるからね。今日一日中は、島の中を自由に歩きまわれるのさ。」
「島の中を? じゃあ……」
「うかつに逃げようなんて思わないほうがいいぞ」
クロが大きく首を振った。
「そうだね。出てみればわかるけど、この島は切り立った崖になっていてねえ、どんなに身軽な生き物でも、あれは降りられないね」
「この建物は大部分が地下に作られていて、重要な部分には俺たちが入り込むことができないように作られている」
「おまけに、私たちには追跡できるように、チップってものがどこかに埋め込まれているらしい」
「私にも?」
サクラは自分の体のあちこちをさすってみる。
「そのくらいじゃ解らないだろう。埋め込んだ傷跡すら残らないほど小さなものだからな」
「じゃあ、ここから逃げるのは絶対に無理ってことじゃない!」
取り乱すサクラの手のひらに、クロが優しく鼻先をこすりつけた。
「落ち着け、サクラ。俺が何とかする。何とかするから、そのときを待て」
そんな様子を見守るおばちゃんの顔には、茶化すようなニヤニヤ笑いが浮かんでいる。
「さわらないんじゃなかったのかい?」
「う……それ、は……」
耳まで真っ赤になった黒犬は、迂闊な自分の行動に首を大きく振った。
「すまん、サクラ」
優しい温もりが離れる寂しさに、サクラは思わず手を伸ばす。
しかし、指先が触れる前に重たい金属音が響き渡り、大きく開いた壁から強い日差しが差し込んだ。
「さあ行くよ。あんた達も早くおいで!」
踊るような足取りで飛び出して行くチンパンジーの様子に、クロがちょっとおどけたしぐさで肩をすくめる。
「サクラ、行こう。絶対に俺から離れるなよ」
力強い黒犬の言葉に、サクラはその背中の毛をきゅっと掴んだ。