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化かされる

 人の喜びとはなんだろうか。かつて化け物とののしられてからこっち考えたことがなかった。

 おいしいものを味わっているとき。難解な問題を解いたとき。創作が形になったとき。人に褒められたとき。いろいろと挙げられると思うが、そのすべてに対して別段興味を惹かれなかった僕はやはり化け物なのだろう。食べなくても生きていけたし理解できない事象もなかった。

 そんな僕が唯一興味を持ちやり続けたこと、それが魔物退治だ。

 人の宿敵、恐怖の象徴と謳われる魔王を打ちのめしたときは涙が出そうなほど深く感動したことを覚えている。態度には示せなかったが。

 少なくない違和感を覚えた。魔王を倒してあの生意気で愛しい王女と結婚したあと、まるで憑き物が落ちたかのような。自分でもよくわからない。

 それまではなにかに急かされるように聖剣を求めたり魔物のもとに向かったりしていたのに、そういう行動を起こそうっていう気力みたいなのが一気に削がれていった。

 王としても生活はずっと続けていたが、老衰の末愛しい彼女が死んだあたりで周りの僕を見る目が変わっていった。本当は最初からそうだったのかもしれない、彼女の手前言い出せなかっただけで。

 王は年を取らない妖魔の類だ。化け物だ。化け物はいらない出て行け。そんな意味不明な戯言を、しかし多くの国民は信じた。国を出て行くときに垣間見た彼女の愛した人たちの顔は、到底人ではない、もっと別のナニカだった。


 いくあてもない僕は、彼女のところに行きたかった。でも、この世にあるすべての事象は僕に死の選択肢を与えてくれない。何度か試したけど、傷ひとつまともにつかなかった。

 人の気配に怯えて、いないほういないほうへと流れていった。

 やがて、僕はかつて魔王がいた城にたどり着いた。なつかしいその場所はとうに廃墟と化していたが、魔王と対峙した王座だけはいまだに輝きを失っていなかった。

 そっと手すりを指でなぞると、魔王のいやらしい高笑いが蘇ってくるよう……。

 ふと気がつき顔を上げる。王座の裏、影に姿を隠す一人の女がいた。

 影が動き、全身が光の下へと現れる。女の姿は彼女の若いころそのままだった。不思議と違和感はない。ああ、そうだろうなと心のどこかが納得していただけ。

 『彼女』はあの日の愛しい彼女と同じ声で僕に語りかけてくる。

「かわいそうな魔王さま。もてはやされて利用されて、最後は存在すら認めてもらえずポイだなんて。救いを与えても結局人間は醜いままで、恩を忘れ、英雄を追い出してしまう。……ねえ、魔王さま? あいつらに復讐してやりましょう。この世界そのものを壊してしまえばいいわ」

 そうか。僕は勇者じゃなくて、魔王だったのか。だからみんな、僕を……俺を。汚らしい目で見てたっていうのか。

「こんな話は知っていて? この世界を作り上げたのは人間、それも年端も行かない一人の少年だってこと」

 少年。造物主たるその少年なら、俺を殺すことができるのだろうか。

「覚えているかしら。あなたはその少年と同じ世界にいたはずなのよ。創作と現実の違いはあるけれど。どう?」

 ……そうだ、あの部屋。俺はもともと召喚されてこっちにきた、設定、だったな。

「まずは魔物の製作からはじめましょう。あなたが倒してきた陳腐なものじゃなく、もっともっと高度で愛のある、そんな魔物を一緒に……ね」



 天使を見た。

 なにをばかげたことを、と自分でも思う。惨劇を目の前にしてこの眼が幻影でも映してしまったんじゃなかろうかとも。

 その天使は天から降りてきたわけではない。城壁の上から舞い上がった。天使というより鳥の飛翔に近かったが、鳥などと呼べるはずもない神々しい身姿。

 光を後ろに携えてはいるが、間違いなく彼だ。

「おっとと……まだ安定してないや。ん、うん。やあアキラ、助けに来たよ」

 気さくに、まるで散歩にでも出かけようと語りかけてくるように。彼はのほほんといってのけた。

 直後、光に包まれた。前が見えないほど明るく、それでいてやさしい光。

 仲間に取り囲まれ殴られる恐怖が、体の痛みと一緒に抜けていくよう。



 これでアキラは大丈夫。あとは彼らを助けないといけない。

 黒い炎に包まれた兵士たち。意識がないのだろう、生気がまるで感じられない。がむしゃらに体を動かし暴れまわる様は人というより野生動物に近いもの。二足歩行すら満足に出来ていない者もちらほら見受けられる。

「君たちと話がしたい。……教えてくれ。なぜ君たちは人を襲うんだ」

 返されたのは言葉ではなく拳。そんなものを俺は望んでいない。求めるのは言葉の返答。罵倒だろうが正論だろうがなんでもいい。

 到底俺の望む会話などできようはずもない兵士たちだが、投げかけられる言葉にわずかながら反応する。

 動きからざわめき、そしてはっきりと聞こえる程度の会話になる。

 俺が書き留めた、俺の能力。空を飛んだりアキラの傷を癒したりなんてのはおまけみたいなもの。

 俺が求めたものは、対話。聞く耳持たない頑固者には俺の言葉を無理やり聞かせる。人だろうが動物だろうが草木だろうが関係ない。話せば必ずわかってくれる。もちろん相手の気持ちも受け止める。相手がいて初めて対話は成立するのだから。

「……ワレ……コロス。ニンゲン……コロス」

 群集から漏れてくるかすかな言葉。それは影の総意だろうか。

「どうして? 人間を殺してどうしたいんだ? 食料にでもするのか、それとも恨みをはらしたいのか?」

 こちらの意思が伝わったのだろう、さわさわと相談でもするかのような動きを見せ始める。

「コロス……ナゼ、ワカラナイ。コロス、シカナイ」

 なぜか理由は自分でも定かではないが、殺すしかない。ひどく理不尽で、だからこそ対話の意味がある。

「わからないんじゃなくて、殺す理由なんて初めからないんじゃないか? 君たちはきっと――」

 いいかけた俺の前に一人の兵士が近づいてきた。彼もまた黒い炎に操られている。輝き、と表現するかはわからないが、ほかの黒と比べてもそれの大きさと輝きは一回り違ってみえた。

「……ワタ、わた、し、しは、森の……森の王。聖域にて力を守るものなり」

 意志が力になる。強く対話を望んだそれは、いままでと違いはっきりとしゃべる。

 ……聖域、力。それは間違いなく森に祭られていた聖剣のこと。

 もう疑いようがない。彼らはもともと魔物なんかじゃなかった。

「人ではない人の子よ。我らはもう死んだ。死んだのだ。どうしてここに在るのか、このような姿になっているのかわからない。我らは解放を望んでいる」

 応、と答えようと口を開いた。だが俺の口は言葉を紡げないまま。

 爆発。光と突風が一瞬で景色を作り変える。

 轟く雷鳴が止み光が戻ったとき、そこには女と男が残るだけとなっていた。

「まったく、もう! これだから不確定要素は嫌いなのよねっ! 兵士死んじゃったじゃない、もお。シナリオの書き直しだわ」

 世界観にそぐわない、意味不明な叫び。それを理解するにはひとつの仮説を立てないといけない。

 この女は、俺と同じ場所に立っているのではないか、と。

 無表情の男を見やり、女は不機嫌そうに頬を膨らませる。

「……私、もう飽きちゃった。飽きちゃったのよう。だからこそ”造物主”なんて危険なモノ呼び込んだのにこれじゃだいなしだわ」



 この世界を空想し、文に書いたのは俺だ。でも俺の描いた物語は勇者が姫と結婚したところまで。この世界はそこからさらに百年は経っている。とすれば誰かが俺の物語に継ぎ足したことになる。

 誰が。その答えがそこにいる。女、あれがこの世界の半分を創ったのだ。

「おまえが。おまえが俺の物語をこんなにしやがったのか……!」

 言葉に、女は笑みを深くすることで答えた。

「あららら、なにを言い出すかと思えば。責任転嫁もはなはだしいわ、私はあなたの物語を少しだけ続けてみただけよ? こんなふうになってるのはそもそものあなたの物語が足りないからでしょう?」

 はき捨てる女。心の底からこの状況を楽しんでいるように見える。

「シナリオの書き直しだと言った、造物主を呼び込んだともいっただろう! 適当なことをぬかすな!」

「なにを怒ってるか知らないけど。あなたはもういらないわ。とんでもなくすごい能力を創るだろうと期待したのに、対話? 地味な上にかっこよくないわ、零点」

「帰りなさい、自分のいるべき場所へ。ここは私のものよ、私のおもちゃ箱なの」



「……よし、できた。あとは王国に凱旋して王女さまとのムフフな結婚を描いてお終い、と」

 我ながらホレボレするほどの出来だ、と思っている。勇者は魔王を倒し、姫と結婚して王になった。これで世界は平和になる。

「うっし、投稿完了。せっかくだし最初から見てくかな」

 画面に表示される見慣れた文字列たち。始まりから終わりまで。気づく範囲での誤字はなかった。

「んー。……なんだろうな。なにか忘れているような」

 読み返してみても、良く書けているなと。でも、ほんのすこし、そうたとえでいうならのどに魚の小骨がひっかかっているみたいな違和感がある。

 拭えない違和感に戸惑いつつも、いつものクセで感想のひとつでもないかとチェックする。『おもしろかったです』と書かれているほかは……あった。

 最後の文章を投稿してから間を空けずに書かれたものが。


『すばらしく怠惰な世界をありがとう。また私のおもちゃが増えるわ』

話をふくらませすぎて自分でもよくわからなくなって

終わらせかたに困りましたが結局このような形に。

終始いいわけ。次がもしも思いついたとしたら、もうすこし話をまとめてから書くようにします。

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