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激動

 固く閉ざされた城門。もうすぐここが開放され、おそらくこの世の誰も経験したことのない、戦争というやつが始まる。

「よお。ここにいたかタロウ」

 城門手前にそぞろと集まる人影の中、ユウジが声をかけてきた。そのいでたちは俺と同じような鎧に槍。

「馬子にも衣装なんてよくいうが、俺たちがこれ着てても兵士には見えないな」

 違いない、なんていいながら笑いあう。

 俺たちが特別なごやかってわけでもない。これから戦争だ、なんていわれてもピンとくるほうが稀だろう。空を飛ぶ鳥の気持ちを理解できないのと一緒だ。

 広場に集うのは義勇軍と呼ばれる人たちだ。軍人ではなく一般人からの公募なので、俺たちみたいなのから初老をとうに過ぎた人までじつに様々。

「しっかし本当に魔物なんてものがいるとはなあ。観測点見てるときだってそんなのいないだろなんて思ってたんだが」

 俺もユウジと同意見だった。見ているだけなのになかなか割りのいい仕事で、家からも近かったからやっていただけ。予言なんて信じていなかった。

 だが。観測点がうねり、さざめきだって地平にこぼれるのを見たときはさすがにぞっとした。そうだあれはカマキリの卵に似てる。卵の中からわらわらと子カマキリが出てくるさま、ちょうどあんな感じで魔物の群れが……。

「カマキリの卵、とはうまいこと表現するなあ。おまえ物書きでもいけるんじゃねーの」 物書き。いままで意識したことはなかったが、なるほどそういうのもあるか。

 なんにしろ、これからだ。まずは生きて帰らないと意味がない。


 まもなく到着した軍本隊と合流した俺たちの目の前で、城門は大きく口を開けた。



 眼下に広がる、真っ白の甲冑を身にまとった兵士たちと黒い魔物たち。城門を背に奮戦している防衛軍は初戦闘にしてはなかなかの戦いぶりで、数で迫ってくる魔物たちに負けてはいない。押されたりする場面も何度かあったが、そのたびに押し返していく。

 てっきり篭城戦になるかと思っていたが、アキラは打って出ることにしたらしい。

 俺のいる城壁上には弓と杖を持った兵士たちがずらりと並んでいる。文明レベルは俺の描いたものと変わっていない。火薬も銃もまだなく、剣と魔法が主体の戦場。

 数では魔物のほうが上。ぱっと見ただけでもこちらの二倍はいる。あれが俺の書いた魔物と一緒なら、そのもとになっているのは野生の動物や樹木、空気や魔力なんてのも書いてたかな。ごくありふれたものが変化した存在で、決して人の手で倒せないものではない。


 倒せないものではないはずなのだが、一向に数が減っていないように見受けられる。

「どうです、なにかわかりましたか? わからないならわからないで結構ですよ」

 ……このミユキって人、なぜか俺のことを毛嫌いしているみたいだ。アキラから俺の護衛を任されたらしいが、会って間もない人間をそこまで嫌う理由はなんなのか。観測点の監視任務を行っていて本人自身も学者だといっていたから、俺みたいな正体不明の存在に警戒してるだけかもしれない。

 彼女からしてみればいきなりやってきて大将と敬う人間の横にちゃっかり居る変なやつ、になるもんな。

「いや、さっきから黒い影が全然減ってなくてさ。こっちの軍は負傷したりなんだりでちょっとずつ減ってるみたいだけど……」

 ふん、と鼻息が聞こえそうなくらい露骨な態度で、やれやれとでもいいたげなミユキの見下げる視線が刺さる。ちょっといいかもなんて思ってないよいやぜんぜん。

「なにをおっしゃっているんですか、わが軍に負傷者なんて出ていません。いまだ全員が意気揚々と奮戦しています。逐一報告が上がってきていますから間違いありません」

 ちょっとまって。それはあきらかにおかしいって。


 ……よく見てみると、確かに。兵士の数はこれっぽっちも減っていない。減っているのは白い軍、こちら側の頭数だけ。

「そ、そんな……こんなことって……」



 眼前に広がる敵、最初は小さめの猪みたいなやつだったか。槍を水平に構えて突進してくる魔物を迎撃していた。

 ユウジも隣に居た。俺と同じように槍を構えて。

 ……俺たち学問にしか興味のないモヤシだったから武道の心得なんてさっぱりで。それでも国の危機なんていわれたらいてもたってもいられなくなって義勇軍に入ったんだよな。観測点の監視を終えて帰ってきたらこれだもんな。

 槍を構えて並ぶだけで数が揃えばけっこう強いなんていまさら知ったよ。それ以上に強いアキラさまみたいなのもいたけど、あれは特別だよな。

 ……なあ。俺たちっていたって普通だよな。魔法だって使えないし、出来るのは槍構えることだけだしさ。

「お……おい! どうしたんだよおまえら!」

 俺見たんだ。ユウジ、お前でっかい熊みたいなのになぎ倒されたよな。でかい爪がお前の鎧に食い込んでるの、見てるだけしかできなかったんだ。

 倒れたよな。経験も知識もないけど、動かなくなったってことはそういうことなんだろ?

「やめろ、やめろ! 我らは味方同士だぞ! 攻撃をやめないか!!」

 どうしてだ。どうしてお前立っていられるんだよ。

 その人は臨時だけど俺らの隊長だろ?

 なんで。

「あ、あ……ああああぁぁぁぁぁああ!!!」



「だめだ、このままじゃ……アキラ!」

 身をひるがえし駆けようとするが、ミユキに止められる。大柄な彼女の力は存外に強く、押しのけられもしない。

「いけません! 死にたいのですか!!」

 死にたくない、死にたくはないが死に行くのを見ていられるわけもない。目と鼻の先、この下でいままさに瀕死を超えようとしているのに。何もせず見ているなんて選択できるわけないだろ。

「邪魔なんですよ。ええはっきりいってやりますともあなたは邪魔なんです剣も盾も持たずなんの力もないあなたが大将殿の横でなにをするんです? 大将殿はおやさしい、おやさしい心が故にあなたを見れば守ってしまうそれは弱点をさらす行為となんら変わらない! 心臓をもぎ取られて生きていられる人間なんかいないでしょう! あなたは大将殿の心臓になるおつもりですか! どの頭がそんなこと考えるんです!!」

 息継ぎもせず矢継ぎ早に浴びせられる。早口だが的確で、すべてが俺の行動を咎めるに値する。刺さるとはよくいったもので、足が地面に縫い付けられたようにぴたりと止まった。頭で理解しようとしなくても。俺の心は、決意は簡単にくじかれる。

 そうこうしている間にも状況は刻々と悪化していく。白の騎士団は倒れ、いまや白銀に輝くアキラ一人だけ。ことごとく黒に蹂躙され、生気を失った兵士たちは狂気に囚われ刃を城へ、それを守るアキラへと向けた。アキラは本当にやさしい心を持っている。凶刃に囲まれてなお、仲間を倒すどころか傷つけることすらしない、できない。


 力がない。この世界そのものを作ったといっても過言ではないと言い切れる俺に、なんの力もない……。

 もしも俺に城をも持ち上げる怪力があれば、アキラを救うことができるのに。

 もしも俺に空気をも切り裂くほどの素早さがあれば、アキラを救うことができるのに。

 もしも俺に空を飛ぶことができるなら、アキラを救うことが出来るのに。

 もしも俺に……本当に俺は。なにもできないままここに居るのか?

 視線を下へと落とす。見えるのはいつもどおりの腕と小脇に抱えられたコピー用紙。

 俺の作品。ここにいたってそんなものに意味があるのだろうか。捨てるのも忍びなくて持っていたが、こんな紙切れで……。

「俺が書いた……俺自身の……作品」

 この中に『俺』は描かれていただろうか。いない。ならここに居る俺はいったいなにをもとにしているのだろうか……。

「つまりは……白紙」

 俺が『俺』を決めればいい。

 いままではただなんとなくいただけで存在もはっきり意識していなかったから、なんとなく部屋の中にいる俺と同じに思っていたけど。

「ここに、俺を新しく書き込めば……もしかして」

なかなかうまいこと思いつかずしばらく寝かせてみたけれど結局いつもどおりの蛇行運転。

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