始まる
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第*話 王座
魔王は消え、世界は光に満ち溢れた。もはやここに悪はなく、安穏と平和が約束されたのだ。
大型の魔物を駆逐する。大量の魔王軍をなぎ払う。悪の元凶、魔王を打ち倒す。ゲームでしかやれなかったことを、俺は実際に体験することができた。ゲーマーとしてこれ以上の喜びがあろうか。いやないね。
「な、なあ! もうどこにもいかないよな! 私と一緒にいてくれるんだよな?!」
思えばこいつともケンカしたり仲直りしたり殴られたり切られたりと忙しかった。口を開けば小言や暴言の嵐だったが、こちらを気にかけているその気持ちは痛いほど伝わってきた。まあ特に危機も迎えず冒険を続けていたのだから、姫様のはただの杞憂ってことになるが。
「ああ。もうどこにもいかない。俺はお前の隣にいる」
「む、むぅ……そんな風にいわれると……」
ふいとそっぽを向く姫様。
「なんだよ、泣くなって」
「う、うるさい。泣いてなんかいない」
俺はここで、王となった。隣には最愛の人がいて、幸せな暮らしがある。
これ以上を望むべくもない。あちらの世界に帰りたいと思うことはたびたびあったが、今は帰らなくてよかったと心底思う。
「王様。姫様の準備が整いました」
さあ、行こう。
この結婚式が、魔王の恐怖から解放された人々の希望になるように。
――
膨大な数の歴史書に思わず目頭を押さえてしまった。
著者ごとに微妙に違う歴史認識はなかなか興味深かったが、めぼしい記述は見当たらない。
しいてあげるとすればこれらの歴史書がわずか百年前までしかさかのぼれないことくらいだ。
……いや、そんなことより。
アキラの部屋で目覚めて、図書館まで。あきらかに世界が違うというのに、変わっていないものがひとつだけあった。
言葉。アキラも町の人たちも、流暢な日本語を使っていた。そしてこの図書館。
まだ印刷の技術も概念もないのだろう。手書きの書物ばかりだが、すべて日本語でつづられていた。漢字ひらがなカタカナを織り交ぜた、現代日本の公用語。
「あー……疲れる……目が」
一ページまるごと文字ぎっしりの歴史書なんて初めてだ。集中が続かない。
「どう? なにかわかった?」
「わからないってことがわかった、って感じかな……はあ」
……少し図書館内を散策しようと思う。カテゴリーの中には児童書や絵本、小説の類も見られた。以外とこうゆうところにヒントが隠されていたりするかもしれない。
「ここは小説の棚か」
ライトノベルはあるだろうか。なんてあるわけないよな。
「……? あれ、これ」
羊皮紙ばかりの本棚にぽつんと見える、漂白されたように真っ白な紙。コピー用紙のように見えるが、羊皮紙が主流であろうここに高度な製紙技術などあるはずない。
「な……なんで、これ、コピー用紙……」
手にとってはっきりわかる。まぎれもなくコピー用紙。俺が手書きでネタを貯めるのに使ってたやつと同じ、種類でいえば普通紙だ。
「!! こ、これ……俺の、小説」
図書館で声を張り上げてしまうところだった。そこには見慣れたフォント文字が印刷されていて、内容はまさにあのとき書ききった俺の小説そのもの。話数はバラバラで足りない話も多いが、画面とにらめっこしながら創作した文章だ見間違うはずがない。
「ありえない……いや、そうか。つまりこれが」
ありえない、だなどと。そんなことをいえばこの世界そのものがありえないじゃないか。
モニタから人が出てきたり、そいつにバットで殴られたりだなんてことも、非現実的。
だからこそ。このコピー用紙の存在が、俺の世界とこの世界をつなぐための鍵になる。そう思うんだ。
百年の歴史、日本を彷彿とさせる言語、名前。西国の首都ニシカタなんていうふざけた地名も、すべて。
「ここは、俺の小説の、世界なのか……」
♪
誰にも聞こえぬよう、つぶやいた瞬間。
雷が落ちたかと錯覚するほど激しく扉が鳴る。
図書館の入り口。館長さんが自慢だと誇らしげに語っていた大扉が、叩きつけるような乱暴な動作で内側へ開いた。
「大将殿! 大将殿はおられるかっ?!」
場所が場所なだけに、その声は奥にいる俺のところにまで届いてくる。
「こおらぁ!! 私の大事な図書館で大声は禁止です!!!」
禁止だと叫ぶ館長さんの声のほうが大きいけどね。
「も、申し訳ない! 緊急事態なのだ。総大将殿に伝えねばならんことが」
「その声はミユキか。こんなところでどうした」
アキラが入り口へと出向いていた。そういえばアキラは防衛軍の総大将だっていってたっけ。
「おお、大将殿! 大変なのだ、聞いてくれ」
遅れて入り口へと足を運んだ。アキラと長身の女性がなにやら深刻な顔で密談していて、館長さんは顔真っ赤でいまにも飛び掛ろうとせんばかり。
「まさか……そんなことが」
「事実だ。こうしている間にも状況は進んでいる」
どうしたというのだろう。図書館に突っ込んでくるぐらいだから相当な理由があるのだろうが、あの表情を見る限りなにか良くないことでも起きたのだろうか。
「と、トラか。すまない、すこし用事ができた。町の案内は……」
案内はまた今度にしよう。たぶんそういいかけたんだ。でもアキラは最後までいえなかった。
アキラと長身の女性は去り、館長もなにか混乱して立ちすくんでいるようだった。
……まもなく、王室から一報が全国民あてに発せられた。
「恐れていた事態が、ついに現実のものとなった。はるか東方より魔物が大挙して押し寄せてくるだろう。戦争だ。剣を持てるものは戦いの準備を、そうでないものは篭城の準備を」
戦争。俺の小説の世界だというなら、魔王はすでにいないはずなのに。どうして魔物がいるのだろう。
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第*話 あの世とこの世
向こう岸の見えない大きな大きな川。これがあの有名な三途の川ってやつか。
「……おかしいな。ここに生きた人間がいるなんて」
身の丈以上の巨大な鎌、飄々とした態度で吹かしてやがる銀色の長髪野郎。
「お前が死神か。なんだっていい、ここに聖剣があるんだろ? そいつをよこしな」
「ずいぶんな物言いだね。まああるけどさ、聖剣なんてよさげな名前じゃないんだよ」
……軽い口でべらべらと。
「さっさとよこしなって。お前だって魔王には迷惑してるんだろ? 俺が倒してきてやるからさ」
「うーん……たしかに魔王はやっかいだよねえ」
いいながら、死神は一振りの剣を取り出した。目の前にあるのになぜか存在感がない。目をこらして見てみても、どことなく焦点が合っていないような。不思議な剣だ。
「仕方ないから、貸してあげるよ。君の運命見えないし。あんまり関わりあいになりたくないタイプだよね」
さらっと流されたが、運命が見えないとな。
「ありがたく頂戴するが……運命が見えないってなんだよ」
「言葉の通りだよ。君はこの世界の星のもとに生まれていない。それに輪廻のわっかからも外れてるよね。だから見えない、それだけだよ」
つまり……つまり死なないってことか。
「こんなところまできておいてよくいうよね。ほら、子供たちが怖がってるから。はやく帰ってくれないか」
……釈然としないが、まあいい。これで準備が整った。
もうあまり時間がない。魔王のところへ向かわなければ。
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