流れる
城下を二分する大通りには今日も人が絶えない。通りの横にはいろとりどりの商品がならび、ところどころに足を止め買い物を楽しむ客の姿。急ぎ足でどこかへと向かう足もあれば、ゆったりと散策を楽しんだり。
時間は決して同じには流れないということを、ここに来てようやく理解できた。
人の波が電車へと吸い込まれ、窮屈な移動を強いられながらも時間に縛られる。そんながんじがらめの人生しか見ていないし体験してこなかった俺にとってこの空気はなんだかむずがゆい。
微妙になじめなくて、一人だけ浮いているような気分になる。というか浮いているのだろう。ここには合成繊維の洋服なんてものはない。特に服飾関係の店の軒先ではずいぶん奇異な目を向けられた。
「おはようございますアキラさま」
「おはよう」
「おはようございます。今日はどちらにいかれるんですの?」
「今日は道案内、かな。街を見てみたいと彼の希望でね」
「あら。存じておりますわ、昨日アキラさまが連れてこられた方ですわね」
「えっと……ど、どうも」
隣を歩くアキラは、さっきからことあるごとに呼び止められ話しかけられ。それもことごとく若い女性ときたもんだ。彼女たちはアキラを見て女だって気がつかないのだろうか。
やたら派手なドレスをまとった少女とそのお付の女性はひととおり世間話をしたあと離れていった。アキラに向けている視線はあきらかに熱を帯びたものであったが、つまりはそういうことなのだろう。
「なにやら不思議そうだね。トラにはすぐばれたけど、基本的にここの人たちは私の性別を疑わないよ」
歩きながら、軽く言い放つアキラ。そこが一番理解できないのに、さも当然といったていでいわれても。
「彼女たちを見てて気づかなかったかな? ここの女性は髪を大事にしている。それこそ生まれたときから切ったことがない、なんて人も多いくらいだ」
ドレスの女性が服に負けず劣らずのボリュームで髪型を整えていたのは、あれ全部自前の髪の毛なのか。
「そういえばアキラは短いね。てっきりオシャレでやってるんだと思ってた」
俺の言葉はずいぶん的外れだったんだろう。アキラはクスクスと小さく笑っている。
「ほんとにトラがいたところはすごいね。これもオシャレで通っちゃうんだから」
昔は男は男らしく、女は女らしくなんて風潮がまかり通っていた。こちらの世界ではそれがごく自然に取り入れられ、美意識の根底に根付いているのだ。
アキラがいかに美人であろうと、美意識に慣れている衆人にとって性別の否定にはつながらないと、そういうことか。
「私は軍に入ろうと誓ったそのときに……いや。最初から女であることはあきらめていた」
事実をただ語るには、アキラの伏せた瞳に憂いの色が濃い。どういうことなのか聞くのはさすがに野暮というものだろう。
「と、無駄話をしているうちに着いたな」
足が止まる。
目線の先に民家や商店とは違う規模のおおきな建物が見える。四方を池に囲まれたそこは、この街唯一にして絶対の蔵書量を誇ると謳われる図書館だ。
「トラの気に入る資料があれば幸いだが、どうだろうね」
この街、ひいてはこの世界の歴史が知りたい。もしかすればそこに謎の解決策があるかもしれない。ないかもしれないが、そのときはそのときだ。
♪
観測点、今日も異常なし、と。
「おーいタロウ。そろそろ交代だぜ」
下から呼ぶ声が聞こえる。あれはユウジの声か。
「なんだユウジか。先生はどうしたんだ?」
この時間の交代はいつも先生だったから、ユウジが来たことに違和感を覚える。
「わかんないけど、お前がいけってさ。なんか作業してたみたいだけど」
先生の集中力は半端じゃないからな。しばらくは部屋から出てこないだろう。
……観測点。現在の王都、ニシカタができたころにはすでに存在していた謎の黒い点。
かつて栄華を極めた王国があったとされる場所。そのちょうど真上にある。
それがなんなのか、いまでは誰も知らない。正体はわからないが、この点に関してある予言が残されている。
黒点に動きあり。世界は瞬く間に魔を吐き出し、人の営みを滅ぼすであろう。というものだ。
つまりあの黒い点が動きだしたが最後、俺たちみんな消えてしまうってことだ。
予言の真偽は問題ではない。万に一つでも国が傾くことにつながるのなら警戒しておいて損はないのだから。
そうして作られたのがこの観測所であり、便宜上あの点を観測点と呼び監視を続けているのが俺たちってわけだ。主な仕事は先生が、俺たちは雑用その他にこき使われている。
「んじゃ俺は下にいくかな」
交代後の仮眠がなによりの楽しみだ。
「まあ待ってくれよ。すこし話でもしようぜ」
いつもならすぐに監視を始めるユウジが珍しくそんなことをいう。
たいしたことではないのだが。先生がこない、ユウジが話をしようといったりするなどと変わったことが続いたため、いいようのない焦燥感にとらわれた。
「な、なんだよ。俺の安眠を邪魔する気か」
「そんなんじゃないよ。ただなんとなく、だ」
本当にたわいもない話だ。俺たちもそろそろいい年だし、浮ついた話のひとつふたつないのかとか、今年の酒は例年よりいい出来だとか、演劇が町に来るらしいとか。世間話もいいところ。
途中で仕事を思い出したのか、ユウジは観測点とにらめっこしながら話していた。
「嫁っていったってなあ。ここで仕事したらあとは家に帰るしかないから、出会いなんかこれっぽっちもないぜ」
「もったいねえ話じゃないか。俺と違ってお前はつらがいいんだから、候補なんかいくらでもいように」
別に俺だって興味ないわけじゃないけど。今でもそれなりに充実してるから望んで欲しいと思えないだけだ。
「あーあ、そういうこといってるとどんどん老けて……っ! な、なんだ……あれ」
中断された世間話が意味するもの。
「おい……どうしたんだよ」
いつもひょうきんなユウジだが、仕事を冗談に使うような男ではない。
背中に冷えた汗が流れる。ユウジの顔が蒼白に、俺もきっと同じ色をしているのだろう。
予言が真実に変わる。流れは確実に崩壊へと傾いていた。
書いてるうちに内容がころころして落ち着きません……。