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【BL】惚れ薬の魔法が狼騎士にかかってしまったら  作者: おもちDX


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11/30

11.苦くてあまい

 魔女の家は迷いの森の奥深くにあった。ノーナは彼女に案内されながらでないと、決してたどり着けなかっただろう。

 

 そこから自分の家に戻るときだけひとりで歩いた。そのときは「あの月の方向に歩けばいい」と魔女に教えられ、昼間でもうっすらと見えた三日月を頼りに歩くと本当に帰れたのだ。……魔法かな?


 まぁつまり、また魔女に会いたいと思ってもノーナの意思では会いに行けないということだ。どうしてこんなことを考えているかというと、決してまた惚れ薬を作ってほしいとか、記憶をなくす薬を作ってほしいとかじゃない。

 

 お礼を、伝えたいと思ったのだ。魔法の惚れ薬はノーナが彼女を家まで運んだくらいでもらうには、すごすぎるものだった。


 トラブルはたくさんあったが、結果としてノーナは自分の本当の望みに気づくことができたのだ。

 トゥルヌスさんに愛されても、もう幸せにはなれない。そしてノーナ自身が愛したいと願う相手ができたことは、大きな収穫だった。

 

 ――たとえ決して叶わない思いだとしても。

 

 シルヴァのなかでノーナの印象が最悪だとすれば、完全に自業自得のものだ。幸いにして、ノーナは無視されていることもない。見かければ会釈してもらえるし、タイミングさえ合えば言葉を交わすこともある。

 彼がお人好しすぎるのはやっぱり心配だけど、いまのノーナにとっては都合がよかった。好きな人と少しでも接点を持てることが、ここまで嬉しいことだなんて。


 シルヴァを遠目に見つけただけで幸せな気分になって、言葉を交わせば一日中ハッピーだ。騎士団関係の書類はわざわざ自分で持っていくようになったし、騎士団本部に近づくと、ことさらゆっくりと歩いたりする。

 

 たまに彼の方も経理局に書類を持ってきてくれるから、そのときは大ボーナス。逆に自分が不在の時に来てしまって、書類だけが机の上に置かれていたらすごく落ち込む。


 恋って楽しい。ときおり切なくて、夜も眠れないほど胸が苦しくなる日もあるけど……シルヴァと恋人になりたいなんて高望みをしなければ、それほどつらくはなかった。


 ひとつだけ気になっているのは、シルヴァがノーナの家に来たときの記憶を保っているらしいことだった。

 彼は帰り際、ノーナの年齢を知って二度目の謝罪をした。ノーナはそのままでいいと伝えたのだが、その代わりに「家名でなく名前で呼んでほしい」と言われたのだ。

 

 あの夜のように呼び捨てにするわけにもいかず、ドキドキしながら「シルヴァ様」と彼の名を呼んだ。好きな人の名前は、舌に乗せるとすぐに溶けてしまう砂糖菓子のように甘かった。

 

 しかし彼はまた首を振り、ノーナが「シルヴァさん?」と首を傾げながら尋ねると、彼は口元を片手で覆って「今はそれでいい」と答えたのだ。

 よく分からないが、名前の呼ばれ方には並々ならぬこだわりがあるらしい。


 もしあのとき魔法が解けてしまっていたとしたら、彼はどんなふうに状況を理解したのだろうか。ノーナの目には不自然な様子は映らなかった。まぁ、頭をぶつけたりミントティーにむせたりはしていたけれど。

 魔法の効果時間的には余裕だったと思うのだ。うーん、こればかりは考えてもわからない。魔女に訊いてみたいが、もう惚れ薬も使うつもりはないからなぁ。



 ◇



 ある日ノーナが自分の席で仕事していると、シルヴァが書類を持ってやってきた。今日はボーナスデーらしい。

 ノーナが内心「やったー!」と飛び上がっていたとき、彼はわざわざノーナのところまで近づいてきて書類を置いた。

 

 正直、ついでだとしても書類なんてもっと下っ端の新人騎士とか、騎士団の事務官が持って来ればいいのだ。シルヴァは若いけど実力があって幹部候補で、新人を指導する立場にもあるのに……これも彼の生真面目さの一端なんだろう。そんなところも好ましい。


「わざわざありがとうございます。ウィミナリス様」

「ノーナ、話があるんだが外に出られるか?」


 周囲の目があるため堅苦しい態度で対応したノーナに、シルヴァは思いもよらないことを言った。あえて話すようなことが思いつかないものの、断る理由もなくて席を立つ。


 目立つ人物の登場にさり気なく注目していた同僚たちが哀れな目でノーナを見てくる。絶対に「あいつ何かやらかしたんだな……平民だし」と思われているに違いない。なにもしてないし! ……してないよね?


 連れ立って部屋を出る際ちょうど戻ってきたトゥルヌスさんとすれ違う。シルヴァの大きな影に隠れて、その表情は窺い知れなかった。

 少し廊下を進んだところの水場で立ち止まり、周りに人がいないことを確認してからシルヴァは話しだした。


「突然すまない。あの、だな。ちょうど使わない椅子があるんだが……ノーナの家にどうだろうか」

「え、椅子ですか?」

「俺が壊しかけてしまっただろう」


 驚いた。そこからシルヴァは覚えているのか。たしかに彼が一度座った椅子は、あれ以来座るたびにギシッ、ミシィ、と不穏な音が鳴る。

 意外と壊れないからそのまま使っているけど、彼は自分が壊したと思って気にしていたようだ。


「気にしなくていいですよ。元々、もう一脚買おうと思っていたので、どうせなら二脚揃ったものにしたくて」

「二脚ある」

「え……いいんですか?」


 二脚セットの椅子を使わないからくれるだなんて、明らかにノーナにとって都合が良すぎる。彼は責任感が強そうだから、もしかしてわざわざ買ってくれた?

 もしそうならここで追及するのもシルヴァに悪いかもしれない。彼は使わないと言っているし、ノーナが要らないと言ったら不要なものとして捨てられるだけだろう。


 申し訳ない気持ちにはなるけれど、厚意は嬉しいから素直に受け取ろう。そう結論づけたノーナはニコニコとお礼を伝えた。自然と口角が上がってしまうのは止められなかった。


「ありがとうございます! じゃあ、お言葉に甘えて……嬉しいなぁ」

「あっ……あぁ。では次の週末に持っていく」


 心がふわふわと浮き立つ。シルヴァと会って話せただけでなく、週末に会えるだなんて!


 ノーナはどれだけ仕事が忙しくても、罵倒されても、その週はずっと上機嫌だった。座っていないと今にもスキップしてしまいそうな様子に、同僚たちは若干引いていたと思う。




 週末になり、ノーナはそわそわとシルヴァを待っていた。彼が自らこの家に来るなんて信じられない。ほんとうに律儀な人だ。


 家で使っている椅子は特に思い入れのあるものではなかった。この家を購入したときに前の居住者が使っていた家具がそのまま置かれていて、使えそうだからといただいた年季の入ったものだ。

 家具やこの家の雰囲気からして、以前も小柄な人が一人で住んでいたのだろうとノーナは推測している。


 ノーナは部屋の掃除を終えて椅子に座り、ふんふん鼻歌を歌いながら無意識に揺れていた。子どもみたいにギシッ、ギシッと椅子を鳴らすのが地味に楽しい。

 

 しばらくすると、コンコンとドアノックを鳴らす音が聞こえた。きっとシルヴァだ。

 ノーナが「はーい!」と応え、椅子から立ちあがろうとする。


 そのとき、急に支えのなくなった感覚がして――


「っうわぁ!?」

「なんだ! 大丈夫か!?」


 ドスン! と床に尻もちをついてしまった。

 尻と腰に激痛が走る。椅子の板は尻を上に乗せたまま床に落ち、足の部分がバラバラに分かれてもう椅子の形状を成していない。

 

 同時にバキィ! と家の入口から音が聞こえ、シルヴァが焦ったように駆け寄ってくる。……ん? いまの音、なに?


「いったぁ……」

「大丈夫か。怪我は?」


 突然重力がなくなったかのようにふわっと横抱きにされ、部屋の奥の寝室へと運ばれる。恋する相手にベッドへ運ばれるなんて夢みたいな状況だ。とはいえそれどころじゃない痛みに思考が支配され、しばらく動けなかった。


 横向きに丸まっていると痛みは落ち着いてきて、やっと状況を把握する。ベッドの脇で眉間にしわを寄せ、婦女子に怯えられそうな顔をしたシルヴァがノーナを見つめている。


 ノーナには、彼が本気で心配してくれていることが分かる。余計な心配をかけてしまったと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「シルヴァさん……すみません」

「俺のせいだ。申し訳ない! 動けるか?」


 どう考えても原因は、ノーナが壊れそうな椅子に座って遊んでいたからだ。そう説明してもシルヴァは難しい顔を崩さない。

 ノーナが休んでいるあいだに壊れた椅子を片付け、わざわざ馬車を手配して運んできたらしい椅子を持ってきてくれる。彼は寝室まで椅子を見せに来てくれて、ノーナは横になったまま目を丸くした。


 背もたれに繊細な彫刻が施されたつくりは、王宮でも度々見かける流行りの形だ。まさに貴族の家にありそうな優美さでノーナには不釣り合いに思えるのに、艶やかに磨かれた木の色がこの家の素朴な雰囲気に意外にもマッチしている。

 そして、やっぱり新品に見えた。とってもお高そうだ。


「こ、こんなに良い物を二脚も!? い゙ッ」


 つい大きな声を出したら腰に響く。うめき声に驚いて駆け寄ってきたシルヴァが、ノーナの腰に手を添えさすってくれる。

 下心のまるでない手付きが優しくて温かくて、なんだか泣きそうになる。この人の手が好きだ。


 気に入ってもらえたならよかったと安心したように告げたシルヴァはしかし、深刻な表情のままノーナに謝ってきた。


「実はさっき……家の錠を壊してしまったんだ。すぐに手配するが、本当に申し訳なかった」

「あ、あの音! あははっ、全然いいですよ。この家に誰かが来ることなんてないし、正直錠なんて必要ないくらいなんです」

「だめだ! 危ないだろう」


 誰かに襲われたらどうするんだと怒られ、そんなことあり得ないからキョトンとする。だが信じられないことにシルヴァは、新しい錠を取り付けるまで王宮内の部屋でよかったら使ってくれと申し出てきた。

 ポカンと口を開け彼を見上げたまま、ノーナは問う。


「シルヴァさんは……お人好しすぎませんか?」

「……そんなこと初めて言われたな。ただ、不思議とノーナからは目を離せなくて心配なんだ。なにを仕出かすかわからないから、かな」


 少しはにかんだ様子で答えたシルヴァの言葉を聞いた瞬間、ノーナは茫然とした。彼自身も不可解に感じる心の動きは、もしかして……惚れ薬の残留思念じゃないだろうか?


 もし、奇跡的にシルヴァがノーナの恋心に応えてくれたら嬉しい。でもそれは、魔法の効果ではだめなのだ。

 以前は惚れ薬という反則技を使ってでも誰かの心を手に入れたいと考えていたが、いまは違う。ノーナの心持ちは正反対になり、浮かんでいた気持ちがしおしおと萎んでいく。


 もっとも、シルヴァのなかでノーナが一時的に王宮に住まうことは決定事項になっているらしい。こちらを気遣いながらも荷物をまとめるよう指示してくる。

 少し動けるようになってきたノーナは、抵抗する気力もなく手伝ってもらいながら準備をした。


 気のせいだといい。惚れ薬はたった二回しか使っていないのだから……これはきっと偶然だ。

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