第1話「エリートの獲物は、いただいていく」
最強の探索者は二度死ぬ
~国に殺された伝説、裏社会で密猟カルテルの帝王になる~
あらすじ
国家公認のトップ探索者だった俺は、国家ぐるみの「ある秘密」に触れた瞬間、ダンジョンの奥地で嵌められた。
瀕死で見殺しにされ、国の記録の上では——俺は「死んだ」ことになっている。
そんな俺を、奥地の闇から拾い上げた女がいた。
全盛期の力は、もう戻らない。だが、ダンジョンを誰よりも深く”読み切る”頭脳と、昔より鈍った、それでも十分すぎる牙は、まだ俺の中にある。
裏社会で這い上がった俺の新しい肩書きは、ダンジョン密猟カルテルのCEO。
国が独占する資源を、連中の網の目をすり抜けて根こそぎ狩り、闇に流して暴利を貪る。
ルールに縛られたエリートどもを、裏のロジックで出し抜いてやる。
そしていつか——俺を殺したことにしたあの国ごと、地獄に叩き落とす。
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国に認められた探索者ってのは、つくづく間抜けな仕事だと思う。
決められた時間に、決められた階層へ潜り、国が決めた獲物を、国が決めた手順で狩る。稼いだ素材の七割は税とノルマで吸い上げられ、残った三割で「英雄」だの「エリート」だのと持ち上げられて、本人たちは満足そうに尻尾を振っている。
首輪をつけられた猟犬が、餌を一切れもらって喜んでいるのと、いったい何が違うんだか。
――もっとも、それを笑える立場じゃないのは、俺自身が誰よりよく知っている。
なにせ十年前まで、その猟犬どもの先頭を走っていたのが、この俺だったんだからな。
第七階層、巨大な石の扉の前。
壁一枚を隔てた向こうで、五十人の国家公認探索者が円陣を組んでいた。ピカピカの装備、国から支給された最新の魔導兵装、胸には誇らしげな公認バッジ。
「目標は『鋼鉄殻の暴竜』! 推定討伐時間は六時間、報酬は国家予算からの特別賞与だ。今日、俺たちは歴史を作る!」
隊長らしき男が拳を突き上げ、五十人が雄叫びで応える。
超大物の出現。莫大な報酬。連中にとっては、人生最大の見せ場ってわけだ。
俺はその様子を、冷たい石壁に背を預けて眺めていた。
「ねえボス」
甘く、低い声が、すぐ耳元で囁いた。
いつの間にか、リンが俺の肩に頬が触れそうな距離まで顔を寄せている。長い脚を惜しげもなく組み、唇には底の見えない笑み。こいつは、味方の油断も敵の警戒も、同じように溶かしてしまう女だ。
「六時間で五十人がかり、だってさ。ねえ、確認なんだけど――あたしたち今日、何人で来てるんだっけ?」
「二人だ」
「ふふ。だよねえ」
リンは、わかりきったことを聞く。全部承知の上で、俺がどう答えるかを楽しんでいる。
「で? あたしたちの攻略時間は、何分の予定なの、ボス」
「四十分」
「……ね、それ。ほんとに正気で言ってる?」
リンが、目を細めて俺の顔を覗き込んだ。試すような、媚びるような、どちらともつかない視線。だがその奥で、瞳だけは少しも笑っていない。こいつはいつも、俺の答えの「裏」を測っている。
その時、扉の向こうで地鳴りのような歓声が上がった。
重い石扉が軋みながら開き、五十人の隊列が雄々しく突入していく。六時間かけて、正面から、あの鋼鉄の化け物と殴り合うために。
俺たちは、連中とは真逆の方向へ歩き出した。
歓声が遠ざかる。誰も知らない、国の地図には決して載らない、苔むした裏口へ向かって。
「ボス、説明、いいすか」
もう一人の連れが、口を開いた。ハル。今年で十七になる、俺の弟子だ。
背に負った大剣は、こいつの身の丈ほどもある。拾ったときは痩せこけたガキだったが、今や奈落市場で「あの坊主とだけは事を構えるな」と囁かれる、れっきとした武の使い手だ。
ただし――頭の中身は、まだガキのままだった。
「あの竜、国の精鋼隊が五十人でも六時間かかるんすよね。なのに、なんで俺たち二人で四十分なんすか。俺、何回考えても意味わかんないっす」
「正面から戦わないからだ」
俺は歩きながら、壁に触れた。指先で、苔の生え方をなぞる。湿り気、向き、密度。――まだ生きてる通路だ。崩落の心配はない。
「ハル。お前なら、あの竜と正面からやり合って、何分もつ?」
「えっ。……まあ、俺なら、三十分は斬り合えるっす。装甲は硬いけど、関節を狙えば」
「大したもんだ。本気で言ってる」
こいつの戦闘の腕は、今や本物だ。並の公認探索者なら、ハル一人で蹴散らせるだろう。だが――
「だが、それは『戦う』前提の話だ。俺の仕事は、戦わずに勝つことだよ」
「戦わずに……?」
「いいか。アイアンクラッドには、三十年前から一度も変わってない習性がある。脱皮だ。三百時間に一度、古い装甲をまるごと脱ぎ捨てる。その直後の、たった四十分間だけ――腹の装甲が、濡れた紙みたいに柔らかくなる」
ハルの目が、じわじわと見開かれていく。
「な、なんでそんな、誰も知らないようなこと……」
「誰も知らないんじゃない。誰も数えてないだけだ」
俺は懐から、表紙のすり切れた手帳を取り出した。十年分の観測記録。出現日時、個体の大きさ、脱皮の周期。国の立派なデータベースには一行も載っていない、俺だけが積み上げた数字の海だ。
「連中は『超大物が出た、今が好機だ』と勇んで突っ込んだ。だが実際は真逆だ。あと四十分待てば、この竜は自分から、自分の一番柔らかい腹を晒す」
「じゃあ……扉の向こうで戦ってる五十人は……」
「一番装甲が硬い、最悪のタイミングの竜と殴り合ってる。気の毒にな」
リンが、くすりと笑った。歩きながら、しなやかな指先で俺の手帳の角を、つ、となぞる。
「ねえ、ボス。あんたのその頭の中、いつ見ても素敵だわ。……で? あんたのことだから、もう『二頭目』の居場所も数え終えてるんでしょう?」
全部わかっている女の、確認の問いだ。
俺は答えず、裏口の最奥へ出た。
そこにいたのは――討伐隊が今まさに殴り合っている個体とは、別の一頭。国の調査隊が一度も記録できなかった、地図上に存在しないアイアンクラッド。
そいつがちょうど、巨大な古い装甲を脱ぎ捨てたところだった。湯気を立てる、剥き出しの桃色の腹。完全に、無防備。
完璧なタイミング。計算通り。
「ハル」
「……はいっ」
言葉は、それだけで足りた。
ハルが、地を蹴った。
次の瞬間にはもう、巨竜の懐に潜り込んでいる。背の大剣が鞘走り、白い軌跡を描いた。
脱皮直後の柔らかい急所を、一刀のもとに断ち斬る。技も、速さも、申し分ない。さすが、俺が鍛えただけはある。
巨竜は、咆哮の一つも上げられないまま、地響きとともに崩れ落ちた。
扉をくぐってからの所要時間、三十八分。
予定より、二分早い。
「……は」
ハルが、自分で斬っておきながら、間の抜けた声を漏らした。
「お、終わり……ですか? これで? 国の精鋼隊が五十人で六時間かけるっていう、あの超大物が……?」
「お前が斬ったんだろうが。ぼさっとするな、素材を剥ぐぞ」
「いや、斬りましたけど! 俺、ただ言われた場所を斬っただけで……ほんとに、こんなあっさり……」
「お前の剣は一流だ、ハル。だが、その剣を『どこで抜くか』を決めるのが俺の仕事だ。お前が一秒で勝てる場所まで、俺が三十年ぶんの数字で連れてきてやってる。順番を間違えるな」
ハルは、しばらくぽかんとしていたが、やがて、なんだか嬉しそうに頷いた。
リンが、倒れた巨竜の心臓に手をかけながら、流し目を寄こす。
「この心臓、暗殺ギルドのお偉いさんが一個五千万で待ってるんでしょ? ……ねえ、ボス。あたしが今、これを持って一人でドロンしたら、どうする?」
冗談には聞こえない声音だった。実際、こいつなら本当にやりかねない。
俺は心臓を布で包む手を、止めない。
「やらないさ。お前は」
「あら。どうして言い切れるの」
「お前が裏切るのは、裏切ったほうが得なときだけだ。そして今は、俺と組んでるほうが得だってことを、お前が一番よく数えてる。――違うか?」
リンは、きょとんとして、それから声を上げて笑った。心底、愉快そうに。
「……ほんと、かなわないなあ。あんたって人は」
その笑顔の裏で、こいつが今も何かを計算しているのを、俺は知っている。
リンがどこから来た女なのか、本当の名前すら、俺は知らない。ある日ふらりと奈落市場に現れ、どんな鍵のかかった扉も、どんな男の警戒も、なぜか彼女の前では開いてしまう。情報屋いわく「三つの裏組織を渡り歩いて、そのどれもが彼女に出し抜かれた」とか。眉唾だが、こいつを見ていると、あながち嘘でもない気がしてくる。
だが、それでいい。
互いの利を冷たく数え合える相手こそ、一番信用できる。情でつながった仲間より、よっぽどな。裏切りの匂いを常にさせている女が、それでも俺の隣にいる。その事実だけが、何よりの担保だ。
俺は心臓を背負い袋に収め、扉の向こうの歓声を聞いた。
討伐隊は今ごろ、一番硬い竜と必死で殴り合っている。彼らが「歴史的快挙だ」と泣く頃には、俺たちはとっくに地上で札束を数えているだろう。
ルールを守る側は、いつだって遅い。
ルールの外側で、淡々と数字を読む側が、いつだって先を行く。
――かつて、そのルールのど真ん中で頂点に立っていた、この俺がな。
地上へ続く長い階段を上りながら、ふと、ハルが俺の手元を見て言った。
「ボス……その竜の捌き方。急所を一発で見抜くその目、俺、昔どっかで見た気がするんすよ。十年前に忽然と消えた、伝説の――」
俺は、手を止めた。
ほんの一瞬だけ。
「人違いだ」
その男なら、もう十年前に死んでいる。
――国家に、殺されてな。
いいさ、好きなだけ忘れていろ。
そのご立派なルールの裏側で、俺は一頭残らず、お前たちの獲物をかすめ取っていく。素材を、金を、そしていつか――真実を。
十年前、俺からすべてを奪ったあの国を、俺の積み上げた数字で、根こそぎ叩き潰すその日まで。
札束の匂いと、まだ温かい竜の心臓を背負って、俺は闇の中へと歩き出した。
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<あとがき>
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
「ルールを守る側より、ルールを読む側のほうが速い」――そんなヴァンの生き様、少しでも「おっ」と思っていただけたら嬉しいです。底の知れない相棒リン、腕は一流だけど頭はまだまだなハル。この凸凹カルテルを、どうぞよろしくお願いします。
次回はいよいよ、狩った竜の心臓を闇市場でさばく回。そこでヴァンが”なぜこの稼業に堕ちたのか”、その理由に関わる、ある小さな存在が登場します。お楽しみに。
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それでは、次話「闇市場では、笑った奴から損をする」でまたお会いしましょう!




