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第8話 力なき外界

 黒い影が、一歩踏み出した。


 その瞬間。

 視界が、白く弾けた。


 床も、壁も、闇も――

 すべてが引き剥がされる。


 次に足が触れたのは、

 冷たい石畳だった。


 ――次の瞬間。


 景色が切り替わった。


 足元の感触。

 空気の重さ。

 匂い。


 すべてが、

 さっきまでと違う。



 ここは――

 ダンジョンの外だ。



【え、外?】

【強制フィールド移動!?】

【ここから本番か】



 胸の奥を探る。


 あの感覚。

 空間を支配する、絶対の確信。


 だが。


 何もない。



「……消えた?」


 声が、やけに軽い。


 試しに手を上げる。


 止まれ、と念じる。



 ――何も起きない。



【能力オフ!?】

【詰み展開きた】

【ここで無力はエグい】



 喉が鳴った。


 理解してしまう。



 ここでは――

 俺はただの人間だ。



 背筋が冷える。


 無敵だったはずの力が、

 一瞬で消えた。


 守るものも、

 戦う手段もない。



 そのとき。


 前方の空気が、

 静かに歪んだ。



 黒い影。


 ゆっくりと、

 こちらへ歩いてくる。



【あいつ外まで来るの!?】

【逃げ場ゼロ】

【ガチで終わった】



 本能が叫ぶ。


 ――逃げろ。


 だが足が動かない。


 恐怖じゃない。

 現実を理解しきれていないせいだ。



 黒い影が、

 あと数歩で届く距離まで来る。


 何もできない。


 本当に――

 何も。



 その瞬間。


 銀の閃光が走った。



 甲高い衝突音。

 火花。


 黒い影が、

 わずかに後退する。



【誰だ今の】

【待ってこの流れ…】

【セリス来たあああ】



 前に立っていたのは――

 セリスだった。



「下がって、レイン」


 低く、

 迷いのない声。



「ここから先は――

 私の役目よ」



 剣を構える。


 静かな呼吸。


 その背中を見た瞬間。


 胸の奥で、

 別の感情が揺れた。



 ――悔しい。



 初めてだった。


 守られる側に立つ、

 この感覚。



 黒い影が動く。


 速い。


 さっきの黄金のボスより、

 さらに速い。



 だが。


 セリスは退かない。



 踏み込む。


 真正面から斬り結ぶ。



 衝撃。

 地面が裂ける。

 空気が震える。



【作画どうなってんだ】

【人間スペック超えてる】

【隊長ガチ最強】



 連撃。

 回避。

 反撃。


 すべてが、

 俺の理解を超えている。



 それでも。


 押し切れない。



 黒い影は、

 ほとんど揺らがない。



「……っ」


 初めて、

 セリスの呼吸が乱れた。



【待って無理では?】

【ここで負けるのやめて】

【レイン頼む動いて】



 ――分かってる。


 でも。


 何もできない。



 拳を握る。


 爪が食い込む。


 それでも現実は変わらない。



 そのとき。


 胸の奥で、

 小さな鼓動が鳴った。



 ダンジョンの鼓動。


 遠い。

 弱い。

 でも――


 確かに繋がっている。



「……まだ、切れてないのか」



 黒い影が、

 決定的な一撃を放つ。


 セリスが受ける。



 鈍い音。



 身体が、

 大きく吹き飛んだ。



【待って待って】

【セリス倒れた!?】

【ここでそれは無理】



 時間が止まる。


 思考が白くなる。



 倒れたまま、

 セリスは動かない。



 胸の奥で、

 何かが――


 音を立てて割れた。



 恐怖じゃない。

 絶望でもない。



 ただ一つ。



 許せない。



 その感情が生まれた瞬間。


 胸の奥の鼓動が――

 強く脈打った。



 遠かったはずのダンジョンが、

 一気に近づく。



【空気変わったぞ】

【覚醒フラグ確定】

【ここから逆転だろ】



 ゆっくりと、

 顔を上げる。



 視界の端で。


 黒い影が、

 初めてこちらを見た。



 次の瞬間。


 地面の奥から――


 低い震動が、

 世界へ広がった。



(第8話・完)

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