第7話 世界は、静かに奪いに来る
ダンジョン入口の光が、
ゆっくりと揺れていた。
さっきまで確かにあった勝利の余韻は、
もうどこにも残っていない。
あるのは――
張り詰めた静けさだけだった。
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【空気やばい】
【まだ終わってないやつ】
【誰か来るぞ】
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規則的な足音が近づいてくる。
一つじゃない。
複数。
しかも――
強い。
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胸の奥が、わずかに沈む。
さっき止まったはずの感覚。
感情の輪郭が、また少し遠い。
だが。
隣に立つセリスの気配が、
それを現実につなぎ止めていた。
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「……来るわね」
「ああ」
短い会話。
それだけで、
自分がまだここにいると分かる。
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次の瞬間。
入口の光の中から、
三つの影が現れた。
白銀の鎧。
統一された装備。
無駄のない動き。
見ただけで理解する。
――精鋭だ。
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【ガチ部隊きた】
【騎士団っぽい】
【空気変わった】
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中央の男が一歩前へ出る。
感情の削ぎ落ちた目。
揺れない呼吸。
静かな声が落ちた。
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「対象を確認。
核保持者レイン――で間違いないな」
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名前を呼ばれる。
それだけで、
胸の奥が小さく揺れた。
世界に、
認識された感覚。
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「……そうだ」
短く答える。
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男は続ける。
「王都中央評議会の決定を通達する」
一拍。
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「核保持者レインを――
王国管理下に置く」
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【管理って何】
【保護じゃないのか】
【国こわすぎ】
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胸の奥が、静かに冷える。
守られるのだと思っていた。
少なくとも、敵ではないと。
だが提示された言葉は――
管理。
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「……随分早い判断ね」
セリスの声は低い。
「事態は国家存亡級。
個人意思を優先する段階ではない」
感情のない返答。
そこに悪意はない。
だが、容赦もない。
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俺はゆっくり息を吸う。
胸の奥の静けさが、
また少し深くなる。
このまま従えば、
考えなくて済む。
楽だ。
――でも。
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「拒否権は?」
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男は一瞬だけ沈黙し、
静かに告げた。
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「ない」
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【詰んだ?】
【強制イベント】
【どうするレイン】
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どくん。
胸の奥で、
心臓とは違う鼓動が鳴る。
ダンジョンの奥から響く、
低い振動。
感情に反応するような脈動。
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セリスが、
ほんのわずか前に出る。
「この件は――」
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「隊長」
男が遮る。
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「あなたも命令対象だ」
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空気が凍った。
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視聴者:620,000
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数字だけが、
静かに増え続けている。
世界中の誰かが、
この瞬間を見ているのに。
ここにあるのは、
ただ重い沈黙だけだった。
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胸の奥で、
小さな感情が揺れる。
怒りじゃない。
恐怖でもない。
ただ一つ。
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ここで従えば、終わる。
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「……セリス」
「なに」
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「俺、まだ――
何も選んでない」
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その瞬間。
ダンジョン全体が、
かすかに震えた。
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【揺れたぞ】
【核反応きた?】
【空気変わった】
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白銀の男の目が、
初めて細まる。
「……出力上昇を確認」
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胸の奥で、
何かが目を覚ましかけている。
まだ小さい。
だが確実に――
境界へ近づいている。
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そのとき。
ダンジョンの外、
さらに遠くから。
別の気配が現れた。
王国のものじゃない。
もっと冷たい。
もっと異質。
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【まだ来るの!?】
【敵フラグ】
【世界規模きた】
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白銀の男も振り返る。
「……未確認反応」
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次の瞬間。
入口の光が――
黒く塗りつぶされた。
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そこに、
誰かが立っている。
音もなく。
気配も薄く。
まるで最初から存在していたように。
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本能が告げる。
さっきの黄金のボスより――
危険だ。
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視聴者:800,000
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黒い影が、
静かに一歩踏み出す。
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その瞬間。
ダンジョンの奥で、
心臓とは違う鼓動が――
強く鳴った。
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(第7話・完)




