第50話 逆らえない街
――水の国、ルナリス。
朝の光が水面を滑り、街は相変わらず美しかった。
白い橋。
蒼い屋根。
水路を走る小舟の列。
人々は笑っている。
穏やかだ。
平和だ。
――平和すぎるほどに。
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レインは、ミナの手を引いて市場へ向かった。
食料を補充するためだ。
だが、店先に並ぶはずのパンも果物も――
妙に少ない。
魚だけはある。
水の国だからだ。
それでも、野菜も塩も油も、どこか「足りない」。
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店主の男が、作り笑いのまま言った。
「今日も、少しだけでね」
「……いつも、こうなのか?」
レインが聞くと、男は目だけで周囲を見た。
笑顔は崩さない。
声だけが、小さくなる。
「……水運ギルドが、止めた」
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ミナの指が、レインの袖を掴む。
怯えるというより――思い出している顔だった。
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レインは静かに問う。
「水運ギルド?」
男はうなずき、さらに声を落とす。
「ここは水の街だろ」
「物資は全部、舟で入る」
「舟を握ってるのが、ギルドだ」
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――支配。
剣でも魔法でもない。
ただ、流通。
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男は、笑いながら言う。
「逆らった町は、物資が来ない」
「誰も襲わない」
「血も流れない」
それでも――
「一週間で、飢える」
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レインの瞳が、わずかに冷えた。
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通りの先で、鐘が鳴った。
軽やかな音。
祝福みたいな音。
その音に合わせるように――
人々が、また同じ方向を向いた。
一瞬だけ。
揃って。
当然のように。
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視聴者:15
【初見!水の街キレイ】
【なんか食べ物少なくない?】
【雰囲気は良いのに…】
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レインは、わざと明るい声で店主に言った。
「じゃあ、そのギルドに行けばいいのか」
店主の顔色が変わった。
笑顔のまま、青くなる。
「……やめとけ」
隣の老婆も、荷車の男も、視線を逸らした。
誰もが同じ反応だ。
恐れている。
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店主は、必死に声を押し殺した。
「ここは、剣じゃ解決しない」
「強い奴らと戦っても、終わらない」
「ギルドに逆らった瞬間――」
指で、喉元をなぞる。
「街全体が、止まる」
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ミナが震えた。
「……止まる、って……」
店主は笑ったまま、言った。
「水路の門が閉まる」
「倉庫の鍵が替わる」
「舟が消える」
「パンが消える」
「薬が消える」
「……人も、消える」
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レインは黙った。
殴れば済む相手なら、早い。
ダンジョンを作って終わらせればいい。
だが、これは――
“敵”が見えない。
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通りの奥から、行列が来た。
青い制服。
印章。
舟の紋。
水運ギルドの役人だ。
彼らは微笑みながら、箱を配っていた。
中身は少ない。
でも、もらった人は頭を下げる。
感謝している。
――いや。
感謝している“ふり”をしている。
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視聴者:19
【配給?】
【ギルドってそんな強いの?】
【殴れない系の敵きた…】
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役人の一人が、レインに気づいた。
目が合う。
その瞬間、役人はにこやかに近づいてきた。
「旅の方ですね」
丁寧な声。
丁寧な笑み。
だが、瞳は冷たい。
「ここでは、勝手な取引は禁じられています」
「……勝手な取引?」
「ええ」
役人は穏やかに言った。
「ギルドを通さない物資の流通は、秩序を乱します」
「秩序が乱れれば、街は混乱する」
だから。
「我々が管理するのです」
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正論の形をした刃。
殴ったら、こちらが悪になる。
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レインは、ゆっくり息を吐いた。
「……管理の名で、飢えさせてる」
役人は笑みを崩さない。
「飢えさせていません」
「“供給を調整している”だけです」
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ミナが小さく息を呑んだ。
レインの横顔を見上げる。
怒っているのが分かったからだ。
でも――爆発はしない。
今は。
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視聴者:23
【言い方が腹立つw】
【丁寧なクズって一番怖い】
【主人公、今すぐ殴りそうで殴れないの草】
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役人は最後に、丁寧に頭を下げた。
「ご理解いただければ幸いです」
そして、去っていく。
背中は、勝者の背中だった。
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そのとき。
役人の足元に、ごく小さな紋様が一瞬だけ灯った。
誰にも見えないほど淡く。
――そして、
役人の足元の石畳が、わずかに盛り上がった。
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「……え?」
つま先が引っかかる。
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次の瞬間。
ぐらり、と体勢を崩し――
役人は無様に転倒した。
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視聴者:25
【!?】
【いま何が起きた】
【コケたw】
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さらに。
倒れ込んだ先の石畳が――
斜めに、滑り台のように傾く。
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「ちょ、ま――」
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止まらない。
転がる。
回る。
青い制服が、石の上をゴロゴロと滑っていく。
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そのまま――
水路へ。
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どぼん。
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一拍の沈黙。
そして、小さな水音の波紋。
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視聴者:27
【落ちたwww】
【コントすぎる】
【スカッとした】
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市場の空気が、ほんの一瞬だけ軽くなる。
誰かが吹き出し、
誰かが慌てて口を押さえた。
笑ってはいけない。
でも――
少しだけ、胸が晴れる。
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だが。
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水路から這い上がった役人の目は――
冷え切っていた。
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市場の人々が、一斉に目を伏せる。
さっきの空気が、嘘みたいに消える。
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店主が、小さく囁く。
「……頼む、これ以上は……」
希望は、すぐに萎む。
睨まれただけで、戻る。
これが、この街の現実。
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ミナが、ぎゅっとレインの袖を掴む。
怯えと、でも少しの希望が混じった目。
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レインは、何も言わない。
ただ、水面を見た。
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――今は、ここまで。
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市場に残った空気だけが、重い。
誰も口にしない。
誰も逆らわない。
誰も怒らない。
怒れない。
怒った瞬間、生活が止まるから。
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レインは、静かに言った。
「……なるほど」
ミナが不安そうに聞く。
「……どうするの……?」
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レインは、水路を見た。
青い水。
美しい流れ。
その水が、街の首輪になっている。
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「すぐ殴れない敵、か」
小さく笑って――
目だけが、冷える。
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「……いい」
「なら、別の形で壊す」
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視聴者:28
【うわ…言い方が強い】
【殴らない宣言が一番怖い】
【ここから逆転劇始まるやつ】
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鐘が鳴る。
また、街の全員が同じ方向を向いた。
まるで――
誰かが、合図を出したみたいに。
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ミナが水面を見て、震える。
「……見てる……」
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レインは、その言葉を聞き逃さなかった。
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(物流だけじゃない)
(もっと深いところで――)
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水都ルナリスは、今日も美しい。
そして今日も――
逆らえない。
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(第50話・完)




