第5話 名前を呼ばれた日
六桁の視聴者数。
その現実味のない数字を、
俺はただ静かに見つめていた。
⸻
【10万ガチ?】
【伝説の瞬間きた】
【歴史動いたな】
⸻
コメントの流れは、
もう目で追えないほど速い。
それなのに――
胸の奥は、
妙に静かだった。
嬉しいはずなのに。
驚くはずなのに。
感情の輪郭が、
少しだけ遠い。
⸻
「……レイン」
隣から、
低く落ち着いた声。
セリスだった。
名前を呼ばれただけなのに、
胸の奥がわずかに揺れる。
⸻
「平気?」
「……ああ」
答えながら気づく。
さっきより、
呼吸が浅い。
疲れとは違う。
もっと内側――
沈む感覚。
⸻
そのとき。
そっと、
腕に触れられた。
⸻
――温かい。
⸻
それだけで。
胸の奥の静けさが、
ゆっくりほどけていく。
遠のいていた感情が、
少しずつ戻ってくる。
⸻
【今触ったよな?】
【空気変わった】
【セリス何者すぎ】
⸻
セリス自身も、
わずかに驚いた顔をしていた。
だがすぐに、
何事もなかったように手を離す。
⸻
「……大丈夫そうね」
「……助かった」
理由は分からない。
でも確かに、
さっきの沈みは止まっていた。
⸻
沈黙が落ちる。
騒がしいはずの空間で、
そこだけが静かだった。
⸻
セリスが、
ゆっくり口を開く。
「改めて聞くわ」
一拍。
⸻
「あなたの名前」
⸻
さっき答えたはずなのに、
もう一度問われる。
その意味が、
少しだけ分かった気がした。
確認じゃない。
――受け取るための問いだ。
⸻
「……レイン」
今度は、
はっきりと言った。
⸻
【主人公名きた】
【レイン覚えた】
【名前つよい】
⸻
コメント欄の空気が、
少しだけ柔らかくなる。
⸻
「レイン……」
セリスは小さく繰り返し、
静かに頷いた。
⸻
「私はセリス。
王都直属探索部隊、第一隊隊長」
⸻
【正式ヒロイン】
【隊長かっけえ】
【強キャラ確定】
⸻
その瞬間。
胸の奥で、
小さな違和感が生まれる。
どくん。
心臓とは違う鼓動。
――ダンジョンの奥。
何かが、
静かに目を覚まし始めている。
⸻
「……っ」
わずかに息が詰まる。
まただ。
感情が、遠のく。
このまま沈めば、
何も感じなくて済む。
そんな、危険な安堵。
⸻
次の瞬間。
再び――
セリスの手が触れた。
⸻
温かさが、
一気に現実へ引き戻す。
呼吸が戻る。
色が戻る。
自分が戻る。
⸻
【やっぱ触れると戻る】
【能力フラグ?】
【ここ伏線濃い】
⸻
セリスは小さく眉を寄せた。
「……今の、何?」
「分からない……
でも、触れられると沈まない」
口にしてから、
自分でも驚く。
まるで当然みたいに、
理解していた。
⸻
そのとき。
水晶カメラが、
強く瞬いた。
⸻
【スパチャ:金貨100枚】
【『生き残れ』】
⸻
「……え」
思わず声が漏れる。
金貨百枚。
普通の探索者なら、
数ヶ月は暮らせる額。
⸻
【初スパチャ重い】
【想い強すぎる】
【ここ泣く】
⸻
胸の奥が、
今度は確かに揺れた。
知らない誰かが、
俺の生存を願っている。
三年間、
一度もなかったこと。
⸻
「……なんで」
答えは返らない。
でも。
温かかった。
⸻
セリスが、
静かに言う。
⸻
「あなたはもう一人じゃない」
⸻
その言葉が、
まっすぐ胸に届く。
⸻
――だが次の瞬間。
ダンジョンの奥で、
重い震動が生まれた。
空気が歪む。
さっきまでとは、
明らかに格が違う。
⸻
【ボス来るぞ】
【これはやばい】
【共闘フラグ立った】
⸻
胸の奥が、
再び静まりかける。
だが。
今は違う。
隣に、
セリスがいる。
⸻
「……一人じゃ無理だ」
自然に言葉が出た。
無敵のはずなのに。
それでも――
一人で進んではいけないと分かる。
⸻
セリスは、
数秒だけ黙り。
そして小さく笑った。
⸻
「ええ。
最初からそのつもり」
⸻
剣を抜く。
静かな宣言。
⸻
「――一緒に戦いましょう、レイン」
⸻
その瞬間。
ダンジョン最奥で、
黄金の眼が開いた。
⸻
【きたあああ】
【共闘ボス戦開幕】
【神回確定】
⸻
視聴者数が、
一気に跳ね上がる。
⸻
視聴者:200,000
⸻
もう、止まらない。
この力も。
この運命も。
そして――
物語も。
⸻
(第5話・完)




