第49話 水の国と、怯える少女
――水の国、ルナリス。
朝霧の向こうに、街が浮かんでいた。
石ではない。
土でもない。
すべてが――水の上。
幾重にも巡る水路。
白い橋。
陽光を反射する蒼の屋根。
船が滑る。
人が笑う。
鐘の音が、柔らかく広がる。
まるで絵画の中の都市だった。
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「……きれい……」
隣で、ミナが小さく呟く。
けれど。
その声は、少しだけ震えていた。
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レインは、何も言わず街を見渡す。
活気がある。
人も多い。
争いの気配もない。
――平和だ。
平和すぎるほどに。
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配信カメラの端に、数字が灯る。
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視聴者:1
【ここどこ?】
【初見です】
【めっちゃ綺麗な街】
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さらに増える。
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視聴者:3
【水の上に街あるのすご】
【雰囲気よすぎない?】
【散歩配信みたいで好き】
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だが。
レインの視線は、別のものを捉えていた。
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人々の歩く向き。
視線の流れ。
会話の切れ目。
――すべてが、同じ方向へ揃っている。
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(……偶然じゃない)
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橋を渡る老人。
花を運ぶ少女。
水を汲む女。
誰もが一瞬、
同じ方角を見てから動く。
まるで――
見えない合図に従うように。
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視聴者:6
【ん?今なんか違和感】
【人の動きそろってない?】
【気のせいかな】
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そのとき。
ミナの足が止まった。
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「……やだ」
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小さな声。
レインが振り向く。
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ミナは、水路を見ていた。
透き通る青。
底まで見える、穏やかな流れ。
恐れる理由など、どこにもない。
――普通なら。
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だが。
少女の瞳は、はっきりと怯えていた。
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「……あの水……」
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言葉が続かない。
唇が震える。
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「……見てる」
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風が止まった。
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レインの目が、静かに細まる。
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(……水が?)
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次の瞬間。
水面に、わずかな波紋。
風ではない。
船でもない。
――内側からの揺れ。
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視聴者:9
【え、今動いた?】
【水こわ…】
【なんか急に不穏】
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ミナが、そっと袖を掴む。
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「……ここ、いや……」
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逃げたい。
でも声に出せない。
そんな震え方だった。
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レインは、水路から視線を外さないまま――
静かに息を吐く。
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「……大丈夫だ」
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短い言葉。
だが、嘘はない。
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もし何かが起きても。
壊させない。
――今度こそ。
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遠くで、鐘が鳴った。
澄んだ音。
祝福のような響き。
けれど。
その余韻の奥に――
わずかな濁りが混じっていた。
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視聴者:12
【鐘の音きれい】
【でもちょっと怖いかも】
【この後なにか起きそう】
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水都ルナリス。
完璧に見える楽園。
だがその均衡は――
あまりにも整いすぎている。
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レインは、確信していた。
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ここにも、ある。
隠された核が。
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そして――
水面の奥で。
誰にも気づかれずに。
何かが目を開いた。
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(第49話・完)




