第48話 砂の夜と、小さな同行者
――砂の国、ガルディア。
夜は静かだった。
昼間まであれほど渦巻いていた砂嵐も、
戦いの余波も、
今はすべて遠くへ沈んでいる。
崩れた遺構の外。
わずかに残った石壁の陰で、
小さな焚き火が揺れていた。
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火を見つめながら、
レインは何も言わない。
勝ったはずだった。
敵も、竜も、
すべて退けた。
それでも――
胸の奥に残るのは、
静かな違和感だけだった。
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(……同じ紋様)
(俺と同じ力を持つ誰か)
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砂の奥で見た、
あの歪んだ生成構造。
偶然ではない。
模倣でもない。
――意図。
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そのとき。
背後で、
小さな布の擦れる音がした。
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「……あの……」
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振り返ると、
そこに立っていたのは――
昼間、遺構の牢に閉じ込められていた
あの少女だった。
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まだ幼い。
十歳にも満たないくらいだろう。
薄い砂色の髪。
怯えを残した瞳。
だが――
昼間より、少しだけ
光が戻っていた。
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「……どうした」
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レインが静かに問うと、
少女は少し迷い、
それから小さく頭を下げた。
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「……助けて、くれて……
ありがとう……ございます」
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かすれた声。
けれど確かな言葉だった。
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レインは、
少しだけ目を細める。
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「礼はいらない」
「……通りがかっただけだ」
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少女は首を振る。
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「それでも……
誰も……助けてくれなかったから……」
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言葉の途中で、
声が揺れた。
けれど、
泣かなかった。
もう、
泣き方を忘れてしまったみたいに。
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沈黙。
焚き火の音だけが、
静かに弾ける。
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やがて少女は、
おずおずと続けた。
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「……あの……」
「……行くところ、
ないんです」
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レインは答えない。
ただ、
火の向こうで揺れる影を見ている。
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――連れていくべきじゃない。
この先は、
安全な旅じゃない。
むしろ逆だ。
危険しかない。
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それでも。
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少女の足元は、
もう震えていなかった。
逃げたいんじゃない。
――進もうとしている。
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長い沈黙のあと。
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「……名前は」
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少女が、
はっと顔を上げる。
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「ミオ……です」
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小さな声。
けれど、
どこか大切そうに。
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レインは、
ほんの少しだけ息を吐いた。
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「……ミオか」
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それだけ言って、
再び火へ視線を戻す。
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ミオは不安そうに、
次の言葉を待った。
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数秒。
数十秒。
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やがて――
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「……好きにしろ」
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それは、
許可とも違う。
拒絶でもない。
ただ、
静かな受け入れだった。
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ミオの目が、
ゆっくりと見開かれる。
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「……いい、んですか……?」
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「守らないぞ」
「危なくなったら、置いていく」
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淡々とした声。
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それでもミオは、
小さく、
けれどはっきりとうなずいた。
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「……それでも、いいです」
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焚き火の光が、
二人の影を並べて揺らす。
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久しぶりだった。
誰かと、
同じ火を見ているのは。
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胸の奥の、
張りつめていた何かが、
ほんの少しだけ――
緩む。
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そのとき。
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配信カメラの端に、
小さな光が灯った。
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視聴者:7042
【焚き火配信すき】
【女の子いた】
【保護者感でてきたな】
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レインは、
ちらりとだけ画面を見る。
何も言わない。
だが――
消さなかった。
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ミオがそっと座る。
火を見つめながら、
小さくつぶやいた。
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「……あったかい……」
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ただそれだけの言葉。
でも、
その一言で――
この夜は、
少しだけ
優しいものに変わった。
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風が吹く。
砂の向こう、
遺構のさらに奥。
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誰にも見えない場所で――
白い紋様が、
微かに脈打った。
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観測。
確認。
記録。
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そして。
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静かな声が、
世界の外側で落ちる。
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「――接触個体、確定」
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だがその声は、
まだ誰にも届かない。
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焚き火の前。
並んだ二つの影だけが、
静かに夜を越えていく。
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星を救う旅は――
少しだけ、
形を変え始めていた。
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(第48話・完)
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