第42話 砂の国で、最初の無双
――砂の国、ガルディア。
王都から三つの国境を越えた、
地図の端に小さく記されるだけの国。
乾いた風。
色を失った大地。
そして――
人々の目に残る、諦め。
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町へ入る直前。
外套の奥で、レインは小さく息を吐いた。
指先に触れる、水晶。
配信記録用カメラ。
魔力を流す。
ぴっ――と、静かな起動音。
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配信画面の端に、
新しい文字が灯った。
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視聴者:1
【ここ、どこ?】
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レインは、わずかに目を細める。
――また一人から。
それでいい。
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「……聞こえてるか」
小さく呟く。
「砂の国だ」
「……少し、寄り道する」
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【旅配信きた】
【初見だけど静かで好き】
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そのときだった。
町の中心から、
荒い怒鳴り声が響いた。
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「やめてください……!」
震える老人の声。
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広場。
砂に膝をつく住民たち。
その前に立つのは――
武装した男たち。
粗末な鎧。
濁った目。
隠そうともしない暴力。
この辺境を食い荒らす、略奪団。
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「税だよ、税」
男が笑う。
「守ってやってる“お礼”だ」
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守る?
違う。
ただ奪っているだけだ。
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レインは、足を止めた。
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だが次の瞬間。
腕を、弱い力が掴んだ。
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「……行っちゃいかん」
皺だらけの手。
村人の老人だった。
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「逆らえば……殺される」
「旅人さんまで、巻き込まれる……」
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別の女が、首を振る。
「お願い……見ないふりを……」
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――誰も、助けを期待していない。
それが、この町の現実だった。
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略奪者の一人が、レインに気づく。
「……あ?」
にやり、と口が歪む。
「なんだ、ボロ外套」
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仲間が笑う。
「新しい財布か?」
「それとも死体か?」
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男が剣を抜き、
わざとらしく肩に担いだ。
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「英雄ごっこか?」
「やめとけよ」
「ここじゃ――
強い奴がルールだ」
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村人の手が、震える。
「……お願いだ……逃げてくれ……」
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レインは――
静かに、その手を外した。
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一歩、前へ出る。
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【あ、行った】
【やめとけって】
【死亡フラグ…?】
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「……どけ」
低い声。
怒鳴りでも威圧でもない。
ただの事実みたいな声音。
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一瞬の沈黙。
そして――
爆笑。
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「聞いたか?」
「どけ、だってよ」
「ははっ、震えてねえぞコイツ!」
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男が剣を振り上げる。
「いいぜ――
最初に殺してやる」
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次の瞬間。
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男の足元に、淡い紋様が開いた。
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砂の下――
小さな“入口”。
そこから這い出たのは、
黒い影。
刃のような脚を持つ、
小型捕食虫。
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略奪者の剣が振り下ろされるより早く、
魔物が跳ねた。
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一瞬。
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剣が宙を舞う。
男は、砂に転がった。
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【は???】
【魔物召喚!?】
【速すぎ】
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レインが、指先をわずかに動かす。
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紋様が、もう一つ開く。
そこから現れたのは――
白い外殻の狼型魔物。
音もなく着地し、
略奪者たちの背後へ回り込む。
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【増えた】
【囲まれてる】
【終わった】
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逃げようとした男の前に、
石壁がせり上がった。
地面そのものが変形し、
小さな“円形闘技場”が完成する。
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【ミニダンジョン生成!?】
【地形操作きた】
【これ主人公】
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狼が一歩踏み出す。
捕食虫が跳ねる。
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――数秒。
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武器が落ち、
男たちは砂に伏せた。
完全制圧。
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【無双きたあああ】
【北斗の拳始まった】
【名乗らない系主人公好き】
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静寂。
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町の人々は、
まだ動けない。
奇跡を見るみたいに、
ただ立ち尽くしている。
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老人が震える声で言った。
「……あなたは……」
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レインは背を向ける。
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「ただの旅人だ」
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【出たーーーー】
【水戸黄門スタイル】
【この落差たまらん】
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朝日が昇る。
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配信画面の数字は、
まだ――
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視聴者:3
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それでも。
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レインは、静かに呟く。
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「……ここからだ」
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砂の地平線の向こう。
まだ見ぬ鉱脈。
まだ知らぬ世界。
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――無双の旅が、始まった。
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(第42話・完)




