第38話 決勝前夜
――王都の夜は、静かだった。
昼の熱狂が嘘のように、
闘技場の石壁は冷えている。
だが。
静かなほど――
胸の奥の音だけが、うるさかった。
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城の高台。
セリスは、夜空を見上げていた。
明日、決勝。
本来なら、
ただ勝つことだけを考えればいい。
それなのに。
胸にあるのは――
戦いではなく、不在だった。
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「……遅いのよ」
誰もいない夜に、
小さな声が落ちる。
怒っている。
ずっと、怒っている。
三年間。
何も言わずに消えた人に。
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――それでも。
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「……帰ってきなさいよ」
祈りみたいな声は、
風にほどけて消えた。
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別の塔の窓辺。
リュシアは本を開いたまま、
一頁も進んでいなかった。
理屈では理解している。
明日の決勝は、
王国の未来を分ける戦い。
感情を持ち込むべきじゃない。
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それでも。
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胸の奥にある“誤差”が、
どうしても消えない。
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「……もし」
言葉は、続かない。
代わりに、そっと本を閉じた。
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「……本当に、あなたなら」
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その先は、
声にならなかった。
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王城の外壁。
アルヴェルトは、
闘技場の方角を見ていた。
風の流れ。
空気の重さ。
気配の密度。
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すべてが――
わずかに違う。
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「……嵐の前か」
呟きは、夜に沈む。
確信はない。
だが。
明日、
何かが起きる。
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その瞬間。
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空の星が、
一つだけ――
ずれた。
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誰も気づかないほど、
ほんのわずかに。
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だが確かに。
世界の奥で、
何かが近づいている。
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そして――
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闘技場の地下、
誰もいない暗闇の中。
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無名の召喚士が、
静かに目を閉じていた。
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呼吸は浅い。
鼓動は、深い。
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まるで。
明日来るものを、
すでに知っているかのように。
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小さく、息を吐く。
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「……もう、逃げない」
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その言葉は、
誰にも届かない。
まだ。
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夜は、続く。
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――決勝の朝まで、あと少し。
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(第38話・完)




