第32話 勝っているのに、何かがおかしい
――控え通路は、静かだった。
歓声は、遠い。
石壁に反射したざわめきだけが、
遅れて届く。
試合に勝ったはずなのに、
胸の奥は――
妙に、冷えていた。
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視聴者:94
【さっきの神回から来た】
【まだ過疎ってて草】
【でも離脱できん】
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足を止める。
……増えている。
ほんの少し。
誤差みたいな数字。
それでも――
ゼロじゃない。
それだけで十分だった。
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「……二回戦、突破者はこっちだ」
係員の声。
無機質で、興味もない。
当然だ。
今の俺は――
無名の召喚士。
それ以上でも、それ以下でもない。
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だが。
通路の奥。
すれ違う視線が、ひとつだけ――
止まった。
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蒼天の牙。
元S級パーティ。
その中でも、
最も口数の少ない男。
斥候役――ヴァルト。
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目が合う。
ほんの一瞬。
それだけで――
分かった。
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気づいたか?
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だが次の瞬間、
ヴァルトは何も言わず歩き去った。
表情も、声も、変わらない。
まるで――
何も感じていないみたいに。
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【今の絶対強キャラ】
【S級の目してた】
【静かなフラグ立った】
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……いい。
まだ早い。
気づかれるのは、もっと後でいい。
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控え室の扉を押す。
中は、薄暗い。
他の選手はいない。
静寂だけが、
椅子の列に沈んでいる。
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息を吐く。
その瞬間。
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――ほんのわずかに。
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空間が、揺れた。
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闘技場でも、王都でもない。
もっと奥。
もっと深い――
触れてはいけない層。
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胸の奥の鼓動が、
一度だけ強く鳴る。
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……まだだ。
ここじゃない。
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静かに目を閉じる。
思い出すのは――
光のない場所。
終わらない戦い。
崩れ続ける階層。
形を持たない“影”。
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――三年。
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長かったのか、
一瞬だったのか。
もう分からない。
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ただ一つだけ、
確かなことがある。
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あれは、終わっていない。
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視聴者:102
【今の間やばい】
【背筋ゾワった】
【この主人公だけ別作品】
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目を開く。
呼吸は、静か。
鼓動も、戻っている。
――制御できている。
今は、まだ。
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遠くで歓声が上がる。
次の試合だ。
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名前を呼ぶ声。
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「第七試合!
セリス・アルディア対――」
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言葉の続きは、
壁越しで聞こえない。
だが。
空気だけで分かる。
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――強い。
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思わず、
視線が扉へ向いた。
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開けない。
まだ、見ない。
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今ここで近づけば、
きっと――
何かが崩れる。
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だから。
ただ静かに、
椅子へ腰を下ろした。
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拳を、ゆっくり握る。
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大会は続く。
試合も続く。
時間も流れる。
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けれど。
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本当に進んでいるのは――
別の場所だ。
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視聴者:131
【次の召喚ガチャ頼む】
【そろそろ正体見せろ】
【運ゲーなのに目が離せん】
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小さな数字。
それでも。
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確実に――
増えている。
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誰も知らないまま。
静かに。
確実に。
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物語は、
次の段階へ近づいていた。
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(第32話・完)




