第31話 無名の召喚士に、まだ歓声はない
――王都中央闘技場。
復興した石壁に、
昼の光がまっすぐ差し込んでいた。
熱気。
ざわめき。
賭け札の音。
英雄のいない三年を埋めるように、
人々は“強さ”を求めている。
だが――
対戦表の端にある一つの名だけは、
誰の期待も集めていなかった。
《レイ・クロード》
無所属。
職業――召喚士。
それだけで、
十分に軽かった。
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視聴者:12
【誰枠これ】
【はいモブ確】
【一回戦ログアウト】
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呼び出しの鐘が鳴る。
「第一試合! ナルシス・エルグ対、レイ・クロード!」
入場口が開く。
光の中で、歓声が混じった笑いになる。
――ナルシス・エルグ。
羽根飾りの外套。
香水。
自信だけで出来た顔。
「召喚士? 犬でも出すのか?」
観客が笑う。
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【煽り性能S】
【逆にフラグ立ったな】
【これは後で泣くやつ】
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「開始ィ!!」
ナルシスが指を鳴らす。
光弾の雨。
眩しさで押し切る、見栄えだけの魔術。
俺は小さく手を上げた。
――“召喚”。
足元に薄い紋が浮かぶ。
そして現れるのは、
小さな影。
ふわふわした毛玉みたいな、
灰色のスライム。
目がつぶらで、
攻撃力ゼロに見える。
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視聴者:18
【出た最弱代表】
【かわいさ全振り】
【はい解散】
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ナルシスが腹を抱えて笑う。
「ははっ! それで勝てると思――」
言い終える前に、
スライムが跳ねた。
遅い。
弱い。
――そう見える。
だが、着地点だけが“正しい位置”に置かれている。
スライムは、
ナルシスの足元にぴたりと貼りついた。
「うわ、汚――」
次の瞬間。
スライムが“重くなる”。
潰すほどではない。
殺すほどでもない。
ただ――
足首が動かないくらいに。
ナルシスが転ぶ。
光弾が暴発して自分の袖を焼く。
「なっ……!」
スライムが、もう一度だけ跳ねる。
今度は手元へ。
指輪だらけの手に貼りつき、
指の関節を“固定”した。
詠唱が止まる。
光弾がまた爆ぜ、呼吸が止まる。
ナルシスの顔が青ざめた。
「ま、待っ……参った!!」
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歓声が、笑いから驚きに変わる。
俺はスライムを消し、
何も言わずに下がった。
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視聴者:27
【スライム仕事しすぎ】
【何もしてないのに勝ってて草】
【これ逆に強者ムーブ】
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ざわめきはある。
だが評価ではない。
ただの――
事故勝ち。
それで十分だった。
俺は何も言わず、
静かに退場する。
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少しだけ間を置き、
再び鐘が鳴る。
「第五試合!
ボルグ・ガンザ対、レイ・クロード!」
次の相手は巨漢。
鎖を巻いた鉄棍を担ぎ、
露骨に舌打ちした。
「さっきのは偶然だ。
次はそうはいかねぇ」
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視聴者:41
【はい本番】
【物理で終わるやつ】
【さすがに詰み】
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「開始ィ!!」
地面が震えるほどの突進。
真正面から叩き潰す一撃。
俺は――
また同じように手を上げる。
現れたのは、
小さな白い鳥。
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視聴者:55
【弱そう選手権優勝】
【ペット博覧会かな】
【逆に怖くなってきた】
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ボルグが鼻で笑い、
鉄棍を振り下ろす。
その瞬間。
闘技場を吹き抜けた風が、
ほんのわずかに向きを変えた。
砂が目に入る。
「ぐっ――!」
視界が一瞬だけ遮られる。
振り下ろした鉄棍は、
石畳の継ぎ目に深く食い込んだ。
抜けない。
「……は?」
力任せに引く。
鎖が絡まる。
足元がもつれる。
巨体が前のめりに倒れた。
その衝撃で、
自分の鉄棍の柄に顎を打ちつける。
「がっ……!」
審判の旗が上がる。
「戦闘続行不能!
勝者、レイ・クロード!」
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視聴者:79
【また相手だけ死ぬ】
【運カンスト主人公】
【これ絶対なんかある】
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歓声は、ない。
あるのは苦笑とざわめき。
――評価は変わらない。
弱い召喚士。
たまたま勝っているだけ。
それでいい。
今はまだ、
その位置にいる方が都合がいい。
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視線を感じて、貴賓席を見る。
王国守護騎士、アルヴェルト。
表情は動かない。
だが、目だけがわずかに細い。
――測っている。
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そして別の場所。
選手控えの上段。
二人の少女が、
静かに闘技場を見下ろしていた。
セリス。
そしてリュシア。
三年前より背が伸びた。
空気が違う。
強くなっている。
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視聴者:82
【ヒロイン監視中】
【成長バフえぐい】
【ここで絡むなこれ】
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控え通路へ戻る途中。
蒼天の牙――
かつての仲間たち。
「……運だけの男だな」
嘲笑。
興味すら薄い声。
――問題ない。
その油断こそが、
いちばん価値がある。
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視聴者:91
【絶対あとで土下座】
【でもまだ分からん】
【気づいたら追ってる】
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小さな数字。
それでも、
ゼロではない。
まだ誰も知らない。
この闘技場で――
何が始まろうとしているのかを。
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(第31話・完)




