第29話 世界に、いないはずの名
――静かだった。
あの日、王都を覆った光も、
空を裂いた侵食も、
すべてが遠い出来事のように沈んでいる。
瓦礫は片づけられ、
崩れた塔は組み直され、
街には、日常の音が戻っていた。
子どもが笑い、
商人が声を張り、
鐘が、正しい時を告げる。
――平和だった。
だからこそ。
余計に、不自然だった。
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誰も、口にしない。
だが――
誰もが、知っている。
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王都を救った“あの瞬間”のあと。
一人だけ、消えた。
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記録には残っている。
王城最深部。
世界の裂け目。
都市級ダンジョン生成。
そして――
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だが、それ以降。
配信は――
一度も再開していない。
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まるで。
世界そのものが、
続きを拒んでいるみたいに。
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王城の一室。
窓辺に立つ少女が、
静かに空を見上げていた。
セリスだった。
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「……今日で、三年」
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誰に向けた言葉でもない。
ただ、
胸の奥に溜まり続けた時間を
吐き出すみたいに。
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返事はない。
――もう、慣れている。
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後ろで、本を閉じる音がした。
リュシアが立ち上がる。
あの日より、
少しだけ大人びた横顔。
だが瞳の奥だけは、
何も変わっていなかった。
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「……王都の再観測、終わったわ」
「異常は?」
「……ゼロ。
悔しいくらい、平和」
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沈黙。
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平和であることが、
こんなにも苦しいなんて。
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セリスが小さく笑う。
「ねえ、リュシア」
「なに?」
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「……もし」
一拍。
「もし、あの人が戻ってきたら――」
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最後まで言えなかった。
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代わりに、
リュシアが静かに答える。
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「怒る」
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即答だった。
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「三年も待たせたんだもの。
まずは、ちゃんと怒る」
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それから。
ほんの少しだけ、声が震えた。
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「……そのあとで」
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続きは、
言葉にならなかった。
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窓の外。
青空は、
あまりにも穏やかだった。
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――同じ空なのに。
あの日と、
何もかも違う。
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王都中央広場。
巨大な石碑の前に、
人々が足を止めていた。
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刻まれているのは、
英雄の名ではない。
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ただ一行。
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《王都救済事象 救済者不明》
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名は、ない。
姿も、ない。
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それでも。
誰もが知っている。
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――そこに、
確かに“誰か”がいたことを。
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ざわめきの中、
一人の老人が呟く。
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「……まるで、神話だな」
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違う。
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神話なら、
もっと遠い。
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これは――
まだ終わっていない物語だ。
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その夜。
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王都の外れ。
誰もいないはずの荒野で――
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微かに。
ほんの微かに。
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空間が、
揺れた。
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音はない。
光もない。
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だが確かに、
世界の“層”が一枚だけ――
静かに、触れ合った。
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次の瞬間。
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何事もなかったように、
夜は続く。
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誰も気づかない。
まだ。
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それでも。
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どこかで。
確かに。
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鼓動だけが、続いていた。
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(第29話・完)
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第一章はここまで。次に、物語は第二章の大会編へと突入します!レインの能力が進化する第二章も楽しんでください。
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