第20話 それでも、届かせる
――音が、遠かった。
森は静まり返り、
風も、葉も、
何も揺れていない。
まるで世界だけが、
さっきの出来事から
目を逸らしているみたいだった。
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足元には、
小さな体。
もう、動かない。
呼吸もない。
触れなくても分かる。
――終わっている。
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セリスが膝をつく。
震える指で、
子どもの手を包む。
「……あったかく、
ならない……」
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その声は、
祈りよりも静かで。
祈りよりも、
遅かった。
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リュシアは少し離れ、
何も言えずに立ち尽くしている。
天才も、理屈も、
ここでは意味を持たない。
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――俺は。
立ったまま、
動けなかった。
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胸の奥にあるのは、
悲しみじゃない。
怒りでもない。
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ただ、
空白だった。
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理解だけが、
静かに残る。
――届かなかった。
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……次は。
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声には、出さない。
けれど。
胸の奥で、
確かに決まった。
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そのとき。
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かすかな、
呼吸音。
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振り向く。
森の端。
倒れている影。
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子どもじゃない。
大人――
魔導院の調査員の装束。
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胸が、わずかに上下している。
だが体には、
黒い侵食紋。
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【まだ終わってない】
【今度こそ救ってくれ】
【お願いだ……】
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足が、
勝手に動いた。
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しゃがみ込む。
呼吸は、浅い。
けれど――
まだ、残っている。
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分かる。
今なら。
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手を伸ばす。
迷いは、ない。
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「……大丈夫だ」
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触れた、瞬間。
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胸の奥の鼓動が、
静かに形を変えた。
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闇でもない。
痛みでもない。
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もっと、
静かな確信。
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侵食が、
こちらへ伸びる。
だが――
沈まない。
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代わりに。
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世界の“位置”が、
わずかにずれた。
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黒い侵食と、
この命との距離が――
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書き換わる。
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【……起きてる?】
【消してないのに】
【何が起きた】
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侵食は残っている。
ただ。
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最初から、
触れていなかった場所へ
戻っただけ。
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調査員の胸が、
小さく上下する。
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――呼吸。
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【生きてる……】
【届いた……】
【泣きそう】
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力が抜ける。
けれど、
倒れない。
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その瞬間。
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胸の奥に、
鋭い痛み。
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視界の端が、
わずかに――
欠けた。
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【やっぱり代償】
【軽くないぞこれ】
【無事じゃ済まない】
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瞬き。
戻らない。
ほんの少しだけ、
世界が足りない。
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それでも。
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「……間に合った」
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声は、
驚くほど静かだった。
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セリスが息をのむ。
「……今の……何……?」
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答えない。
まだ、
言葉にできない。
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ただ一つ。
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これは癒しじゃない。
奇跡でもない。
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――位置を、戻しただけだ。
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そのとき。
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風が、
逆に流れた。
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木々の影が、
一斉に揃って――
反転する。
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【空気が変わった】
【来る……】
【上を見てる】
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胸の奥が、
冷える。
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違う。
これは侵食じゃない。
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もっと、
外側。
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空の奥。
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見えないはずの場所から。
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――視線が、落ちてきた。
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【見つかった】
【完全に認識された】
【ここから神話】
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世界が、
一度だけ――
配置を変えかける。
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ほんの、
一瞬。
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だが確かに。
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何かが、
こちらを――
測った。
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息を、止める。
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そして。
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空の奥で、
白い歪みが――
静かに開いた。
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(――来る)
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第20話・完




