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絶望聖女

爪が割れたせいで、前世の記憶が戻った聖女、絶望して国を振り回す

作者: 悠木 灰二
掲載日:2026/02/18

−−

2月21日

タイトル変更しました

−−


前作とは一転、今回はコメディに挑戦してみました。


爪が割れただけで前世の記憶を思い出した聖女の話です。

誰かが少しでも笑ってくれますように。。

聖女の爪が割れた。


聖女は神の声を届ける者。

神の代わりに、この地に住む民を助け、慈しむ。

自分のことなんて全て後回しだ。


確かに今まではそうだったのであろう。

しかし、前世の記憶が戻ってしまったのである。

聖女は前世でそこそこ裕福な家庭に育ち、そこそこ勉強ができて、そこそこ有名な大学を出て、そこそこ名の知れた会社に入り、そこそこモテて生きていたのだ。


当たり前のように爪はいつでも艶めいていたし、もちろん髪もファッションにも隙はなかった。

それが今はどうしたということだろう。


前世であんなにキラキラしていた爪も、現世では割れて当然なくらい手入れなんてされていない。

現世の髪は、前世で憧れ、サロン通いや毎朝のヘアアイロンで仕上げていたサラサラ髪のように見えるが、実際は枝毛と切れ毛だらけだ。

服もまた、ただの白い布切れを縫い合わせただけに見える。


「もう無理……こんなの見たことない……」


そうつぶやき、絶望している聖女を見て、周りで控えていた神官たちは戸惑い、そして慌て始めた。


聖女が何か不吉な予知をしたのではないか?

神官の一人が慌てて神官長を呼びに走った。


話を聞いて焦った神官長も、急いで王宮に連絡をした。

王様も聖女の一大事と聞き、全てを放って神殿に駆けつけた。


「聖女! 何があったのだ!」


王様は聖女に問いかける。


「これを見て!」


と叫びながら、聖女は爪を見せた。


「(神官長! 私にはわからんが、聖女の手の甲の紋様に何か問題でも?!)」

「(私にもさっぱり……いや? 言われてみればどこかおかしいような……)」


「髪だってこんな酷い……」


聖女は虚ろな目で神官長を見た。


「(髪?……神か!)一体何が起きたのですか!?」


神官長も慌てて聖女に尋ねた。


「ボロボロじゃない! 見てわからないの?!」

「神がボロボロですと!?」


「もうこうなってしまっては! 私には無理よ!

もうどうにも出来ない!

それに……服だって……」


聖女はあまりのショックに立っていられず、その場に座り込んでしまった。


そんな絶望に打ちひしがれた聖女を見て、王様と神官長は顔を青くした。


「……聖女様をお部屋にお連れしなさい!」


神官長は震える声で神官たちに指示を出した。

その場にいた神官たちも動揺しながら、聖女を連れて祈りの間を出ていく。


***


「王様……福とは祝福のことでしょうか?まさか祝福を失った!?」

「なんてことだ……聖女の手の紋様。神に対する発言。もし聖女が祝福を失ったのだとしたら、国の、いや世界に何が起こってもおかしくない!」

「そんな……!100年以上平和が続いていたというのに……」

「……儂は戻って対策を練る。お前は歴代の聖女の記録を洗え!」

王様は顔を青ざめさせながら神官長に告げると、そのまま王宮へ戻った。

神官長も高位神官たちを連れ、資料室で歴代の聖女の記録を急いで調べ始めた。


***


一方、神官たちに連れられて部屋に戻った聖女は、またもや絶望した。


部屋に何もない。

ミニマリストもびっくりだ。


確かに、前世を思い出す前の聖女も神官長も神官たちも、全員が清貧を尊んでいる。

神との間に無駄なものはいらない。


それは今でも納得できる。

しかし割れた爪を手入れしようにも、やすりはおろか何もないのだ。


外に控えていた神官に声をかけ、やすりを頼んでみる。


***


「やすりだと! 窓の格子を削って神殿から出ていく気なのか?」

聖女がやすりを欲しがっていることを聞いた神官長は、思わず大声を出してしまった。


窓の格子は外からの侵入を防ぎ、聖女を守るためのもので、決して聖女を閉じ込めるわけではない。


しかし今となってはどちらでもいい。

まさか聖女がその格子を削って逃亡を考えているとは。


「聖女様は私達を見捨てるつもりなのか……」


神官長は悲しみに打ちひしがれた。

また、聖女の絶望で動揺していた神官たちは、神官長の悲痛な呟きを耳にしたことで、神殿中は上へ下への大騒ぎとなった。


***


いつまで経ってもやすりが来ない。


ちなみに爪は横に少し割れている。

このままにしておくと、ちょっとの衝撃で割れ目が広がる。

もう深爪を通り越して、肉までいってしまう。


それは完全に拷問といえる。

聖女に起きていいことじゃない。


聖女は爪が割れたことで前世を思い出し、つい絶望してしまったが、これ以上割れた爪へダメージを与えないように気をつけたことで、少し冷静さを取り戻したのだった。


聖女はもう一度、部屋の外で控えている神官に声をかけようとドアを開ける。


「……!」


廊下に控えている神官たちが泣いていた。

しかもいつもの倍以上の人数がいる。


(どういうこと……?)


聖女は困惑した。


「私の爪が割れている間に何かあったの……?」


まさか神官長に何かあったのでは?

さっきは聖女も割れた爪のことでいっぱいだったが、神官長も王様も顔色がかなり悪かったことを思い出した。


神官長も王様も神官たちも、聖女の愛する家族だ。


(爪なんてどうでもいい!)


聖女は慌てて部屋を飛び出した。


「……聖女様!」


泣いていた神官たちは驚愕した。

窓の格子をやすりで切って逃亡すると思われていた聖女が、まさかの走っての逃亡である。


「お待ちください!」

「聖女様!」


廊下で控えていた神官たちは、慌てて聖女を追いかける。


「行かないと!」


聖女は追いかけてくる神官たちを見もせずに叫んだ。


聖女が自分たちを捨て、どこかに行ってしまう。

そう考えた神官たちは号泣しながらも、聖女を必死に追いかける。


静かであるはずの神殿が、阿鼻叫喚に包まれた。


***


「神官長!」


神官長の部屋の前に着いた聖女は扉を勢いよく開ける。


「え?神官長様のお部屋……?」

「逃亡するという話だったのでは……?」


追いかけてきた神官たちは戸惑った。


「聖女様……?なぜこちらに

……?」


神官長も戸惑いを隠せない。


「どうして話してくれなかったの?!」

「……え?」


逃亡すると思っていた聖女が、いきなり部屋に飛び込んできて、急にそんなこと聞いてきても、神官長もすぐには反応できない。


「神官長、あなた病気なの?!さっき顔色が尋常じゃない位青かったわ」

「さっきのは聖女様の――」


そこへ知らせを受けて、慌てて駆けつけた王様が飛び込んできた。


「逃亡とはどういうことじゃ!!」

「……!神殿長、逃亡するつもりだったの?!何か悪いことをしでかしたの……?」


神官長は突然の濡れ衣に慌てて叫ぶ。


「私ではない!聖女様が――」

「私は悪いことなんてしてないわ!」

「そうではなくて!」

「それより何故ここに聖女がおる!」

「王様こそ何でここに……逃亡……?王様、神官長に何したの?!そのせいで神官長は逃亡しようとしたんじゃ……?」

「儂は何もしておらんのだが!?」


神官長に続いて、突然濡れ衣を着せられる羽目になった王様も涙目で叫んだ。


「……でもさっきの2人の顔色の悪さ……まさか2人の間にはいつからか愛が芽生えて、それが拗れて逃亡を……?!」

「儂には愛する王妃がおる!」

「……じゃあ神殿長は報われない恋をして、耐えられずに逃亡しようと?」

「……え?」

「まさかそんな目で儂を見てたなんて……」


廊下の神官たちもまさかの展開に手に汗を握り始めた。


「ごめんなさい。神官長がそんな辛い思いを抱えてたなんて気が付かなくて……」

「すまなかったの……でも儂は王妃を心から愛してるのじゃ。お主の気持――」

「ちがーーーーーーーーーーーーーーう!」


濡れ衣の重ねがけに、神官長は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「聖女様」


神官長が深呼吸をし、荒くなってしまっていた息を整えた。


(……あ、これ怒られるやつだ)


聖女はこれから長い説教が始まることがわかった。

幼い頃から、神官長や王様のそばにいたのだ。


「まず聖女様。先程の祈りの間での発言を確認させてください。

何故あんなに絶望されていたのですか?」

「……爪が割れたの」

「「はい???」」

「爪が割れたのよ。ほらここ」

「……手の紋様ではなく?」

「爪よ。酷いでしょ?このままだったら、肉のとこまで割れて、血も出るわよ」

「……爪」

「……肉」


「……儂帰る」


王様も呆然としながら王宮に戻っていった。


ドアの前で佇んでいた神官たちも、あるべき日常を思い出し、一人ずつその場から離れていった。



その日、聖女には神官長の盛大な雷が落ちたのであった。


そして聖女は、髪と服の問題を――そして前世を思い出したことすらすっかり忘れていたのであった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

「髪と服は大丈夫?」と聖女を心配してくださった方、ぜひ感想をお聞かせください。

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