三鴻善俊
常逸会のメンバー、つまり三鴻商会の共同創設者兼経営者、は全員が魔力がなかった。三鴻善俊その人も、もちろん例外ではなかった。
彼が生まれたのは神浜の近くの漁村であり、魔力がなかった彼は家族からは愛されたものの、周りからは気味悪がられた。(魔力がゼロの存在はそれくらい珍しかったのだ。)
彼には弟が一人おり、そちらのほうは彼の魔力をすべて吸い取ったかのような魔術の天才であった。しかし、兄弟仲はけっして悪くはなかった。彼の弟である三鴻高篤は、兄が上記の生まれつきの特性によっていじめられるたびに兄を守ったものであった。
善俊は14歳のころ、港湾都市の神浜の豪商、春風家へ奉公に出、会計や、水夫としての仕事をこなしつつ、16の頃、船を一台雇われ船長として任せられるようになり、18で当時最大級の中古貨物船を購入し、独立。頭は悪いほうではなかったので、かなり速いほうで出世した。
善俊が17のころ、4歳年下の彼の弟は、魔術を極めるために海外に留学しに行ってしまった。この時ばかりは彼は感動と寂しさから出発間際になって大泣きに泣いてしまった。彼の弟の魔術の天才性は、世界でも指折りであり、留学が終わった後もこちらに戻ってくることはないことを予測できてしまったからだ。
読者の皆さんが察する通り、三鴻財閥の最初期の事業は、海運業である。
海運業から始まり、財界の頂点に君臨した代表的な例と言えば、鴻池善右衛門から始まる、鴻池財閥であろう。ほかの例としては、初期の三菱財閥の主業も海運業であった。
海運業は財閥の基礎を築くうえで金融業を除いて最も簡単な事業だと考えられる。漁村生まれで、操船技術を生まれた時から身に着けていたような彼が初期事業に海運を選択できたことは非常に幸運であった。
参考文献
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B4%BB%E6%B1%A0%E8%B2%A1%E9%96%A5
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https://books.google.co.jp/books/about/%E5%95%86%E5%AE%B6%E3%81%AE%E5%AE%B6%E8%A8%93.html?id=eHAakgAACAAJ&source=kp_book_description&redir_esc=y




