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王太子に謝罪を要求されましたが、私は無関係です~ 氷の武将と不愛想な姫君 ~

作者: りったん

王太子に謝罪を要求されましたが、私は無関係です~ 氷の武将と不愛想な姫君 ~


「マルグリット。いますぐエレンに謝罪しろ!!そうすれば今回の件は不問にしてやる」

 怒る金髪の王太子ヴィードの前に堂々と立つのは公爵令嬢マルグリットだ。プラチナブロンドは光を受けてキラキラと光り、長い髪は絹のカーテンのように美しい。

「謝罪も何も、私に身に覚えはありませんわ。ちょうど池に通りかかったら、エレンさんが突然池にダイビングしはじめただけですもの」

「愚か者め!初夏とはいえこの時期に池にダイブする人間が、まして貴族令嬢でいるわけないだろう!!」

「ヴィード様。もういいです。マルグリットさまは絶対にお認めになりませんもの……これまでもそうでしたから」

「なんだって。こんな嫌がらせをずっと受けてきたのか!!なぜ黙っていたんだ」

「そ、それは……ヴィード様に心配をかけたくなくて……」

 潤むエレンの瞳、小柄な彼女が俯くとさらに可憐に見える。ヴィードは感激したように彼女を抱きしめた。

「エレン……!!」

「ヴィード様……」

「私、もう帰って良いですわよね」

 堂々と、そして呆れたようにマルグリットは言った。


 ■


 パエール王国に慣習としてグレイスメイドという役割がある。王妃の付き添いのことだが、これは社交界で優れた令嬢に与えられる名誉職だった。

 グレイスメイドは令嬢の出世コースで、王族と婚姻するにはグレイスメイドにならなければならない。外れても王族や有力貴族の縁談が引きも切らずなのでたくさんの令嬢が憧れる地位だ。

 今年、そのグレイスメイド候補として最終選考に残ったのはリディーアン公爵令嬢マルグリットとディアンド男爵令嬢エレンの二名だった。

 才女とその美貌で有名なマルグリットが選ばれたのは当然だっが、エレンが選ばれたことに皆が首を傾げた。

 なにしろディアンド男爵は貴族と名ばかりで落ちぶれており、エレンもメイドとして働くような生活である。

 しかし、その謎はすぐに解けた。

 エレンはボンボンを誑し込むという特技を持っていたのだ。仕えていた家のボンボンを誑し込み、そのツテでさらに上位の男に乗り換える。まるでわらしべ長者のように上り詰め、ついには王太子を陥落させたのである。

 エレンに骨抜きになっていない貴族たちは珍獣を見る目で彼女をウォッチしていた。

 マルグリットはグレイスメイドという地位に興味がないので、申請はしなかったのだが推挙されて候補者として名を連ねることになった。

 しかし、いまさらながらにいろんな理由を付けて辞退しておけばよかったと思う。

「マルグリット。お前がエレンに嫉妬したことは明白だ!! いくら公爵家の令嬢だからと言って俺が悪を見過ごすと思うな!!」

 憎々し気に睨んで来るヴィード。そして泣きそうな顔のエレン。

 この二人に絡まれるなんて知らなかった。

「お二人が愛し合おうが私には関係のないことです。しかし、私の家門を侮辱するのは許しませんよ」

 アホボンどもにバカにされてなるものか。

「ふん。権力をかさに着るお前らしい答えだな!! いいだろう。白黒はっきりしようじゃないか。法廷でな!!」

 ヴィードが高らかに宣言した。

 エレンはとたんに慌てる。

「ヴィード様!!そんな……裁判だなんてマルグリット様が可哀そうよ」

「お前は優しいな。でもこういうことははっきりしないといけないんだ」

 ヒーロー気取りでヴィードはきりっとした顔で言うがエレンの顔は真っ青だ。

 これまでの悪事が暴かれるからだろう。

 マルグリットはにっこり笑った。ヴィードが見ほれるくらい綺麗な笑みで。

「喜んで。お待ちしていますわね」

 ■

 裁判は結局開かれなかった。

 ヴィードが証拠集めに奔走していくうちにエレンの嘘が暴かれたからだ。そしてエレンは夜逃げして、グレイスメイドに推薦した貴族令息は赤っ恥をさらした。グレイスメイドはマルグリットに決定した。

「マルグリット。俺はエレンに騙されていただけなんだ。今までのことを水に流して二人で愛を育んでいかないか」

 真っ赤な薔薇を持ってヴィードはマルグリットに求婚しに来た。

「……殿下。私はグレイスメイド候補ではありますが、お役目はあくまで王妃の付き添い。殿下の婚約者ではありません。このようなことは迷惑です」

 マルグリットははっきり言った。

「そんな言い方は可愛くないぞ。笑うと可愛いんだからもっと愛想よくして見せろ。お前が従順だったらあんな女に騙されることもなかったんだ」

 ヴィードは逆切れした様子で怒ったように言った。

「殿下に可愛いと思われたくないので」

 マルグリットが呆れながら言うとヴィードはプライドが傷ついたのか険しい顔になった。

「王太子の俺がここまでやってるんだ!!お前は言うことを聞いて素直に薔薇を受け取ればいいんだよ!! 結婚したらキッチリ躾けてやるからな!!」

 怒鳴るヴィードは薔薇を投げつけ、華奢な腕を掴もうと手を伸ばした。しかし、その手は武骨な手で払い落される。

「公爵令嬢に酷い物言いだな。兄上にお前の躾をもっと厳しくしてもらった方が良さそうだ」

 黒い髪、魅惑的な紫の瞳。鍛えられた体躯は騎士のようにがっしりとしている。蛮族が蔓延る北の大地を守る守護神、そして人が恐れる氷の武将。王の弟にして若き大公、エルンストだ。

「久しいなヴィード。恋人にフラれたからと言って私の婚約者に求婚するなど軽すぎるんじゃないか?」

 威圧的な瞳でエルンストはヴィードを睨みつける。ヴィードはまるでトラに睨まれた得物のように真っ青になって震えている。

「ヒェェ……。叔父さ……ま」

「同い年なんだからエルンストでいいと言っているのに律儀な奴だな。その心構えを万人に向けて欲しいものだ」

 エルンストは綺麗にほほ笑んでそういった。しかし目の奥は笑っておらず、殺気がこもっている。

「ヒィィ……な、なんで……あなたが……マルグリットの家に……」

 それでも疑問をぶつけるあたり、ヴィードはひどく愚か者なのだ。

「言っただろ。俺の婚約者だって。グレイスメイドは王太子の婚約者に限らんぞ。王弟である俺も王族だからな」

 マルグリットが再度の推薦を拒否しなかったのはこのためだ。マルグリットに恋する北の守護神がどうしてもと頼み込んで渋々受けたのである。

「そ、そんな……マルグリットは俺を愛していたんじゃないのか……?」

 愛嬌のある女を正妃に、マルグリットを側妃にするヴィードの計画だった。美しいが不愛想で可愛げのないマルグリットに正妃なんていう座を与えたら増長するに決まっているからだが。

 エルンストの発言はヴィードの計画を根本から破壊するものだった。

「いつ私が殿下をお慕いしていると言いましたか。勘違いされないよう常に冷たくお相手していたんですが……意味がありませんでしたね」

 マルグリットはため息を吐く。

 エルンストは喉で笑いながら補足する。

「ヴィードは世界中の人間に愛されると思っているめでたい人間なんだ。乳母が甘やかしたせいだな」

「王妃様はいい方なんですけどね」

「さてヴィード。誤解が解けたところで正式に謝罪してもらおうか。公爵令嬢にどんな無礼を働いたのか理解しているならできるよな?」

 エルンストの圧に屈し、ヴィードは深く頭を下げた。悔しそうに唇を噛むが、エルンストがいる手前、暴れることはなかった。

(見てろ……。俺が王になったらまっさきに潰してやる。マルグリット、お前は妾だ。妃なんて地位はわたさん。一生、俺の奴隷にしてやるからな!!)

 ■

 ヴィードが去ってから、マルグリットとエルンストは改めてお茶会の続きを再開した。

 「にしても、まさか王都でこんな騒ぎになっているとは驚いた。手紙なりなんなりで知らせてくれればすぐに駆け付けたものを」

「このようなことも解決できないようでは北の大地の女主人は務まりませんわ。……けっきょくはお手を借りることになりましたけど」

 悔しそうに、そしてちょっぴり恥ずかしそうにマルグリットは言った。

 氷の女と揶揄される才女マルグリットがエルンストの前だけに見せる顔だ。そしてエルンストもまた、彼女の前だけはただの恋人に甘い男になる。

「俺が居なくても君は解決できたさ。むしろ俺が嫉妬心から出しゃばっただけだ。君のこととなると冷静でいられなくなる」

 エルンストの紫の瞳が優しさで溢れる。

 マルグリットは安心したように微笑んだ。

「私がくじけそうなとき、いつもあなたが元気をくれます」

 マルグリットはけして天才ではなく努力して『才女』の評判を手に入れた。淑女教育、あらゆる学問、ペンに血がにじむまで勉強した。

 きっかけはエルンストと出会ったことだ。彼と出会わなければマルグリットは他の貴族令嬢のように退屈で怠惰な日々を送っていただろう。


 エルンストとマルグリットが出会ったのは、新しい鉱山で発掘された鉱石の取引先を父と模索していたころ、エルンストが武器の強化に必要だと大量購入してくれたのが縁だ。

 最初は父と共に、次第に一人で商売ができるようになった。

 そして北の大地がどれほど過酷な場所で、エルンストがどんなに領民を思っているか知ったのだ。

 初めはただの友達で、知的で凛々しく、そして責任感のあるエルンストを応援していた。そして自分も彼のようにしっかりとした人間になりたいと願った。

「憧れの存在のあなたから求婚されたときは驚きましたわ」

 マルグリットが頬を赤らめて言う。嫌ではなく嬉しいと感じたことで自分の心を自覚できた。

「君にカッコいいと思われたくて死に物狂いになった甲斐があった。何しろ俺は初めて会った時から、君の虜になったからな」

 エルンストは初めて会った綺麗な女の子に一目ぼれした。自分より二歳くらいしか変わらないはずなのに利発で大人とも対等に話をする彼女を尊敬した。

 彼女に見合うだけの男になりたくて日々訓練と勉強に明け暮れた。ついた綽名は恐ろしいものだったが、噂などに惑わされず、彼女は本当の自分だけを見てくれた。

 恋は愛に変わり、兄王に願ってグレイスメイド候補にしてもらった。そしてあの事件が起き、エルンストはすぐに馬を飛ばして王都に向かった。その頃には決着がつき、マルグリットがグレイスメイドに決定した。

 エルンストはすぐに兄王に頼んでマルグリットを婚約者にしてもらった。リディーアン公爵家はもはや家族ぐるみの付き合いなので「娘をよろしく」と温かく受け入れてくれたのだ。

 愛しい人との時間はすぐ過ぎる。お茶はとっくに冷めてしまった。

「新しく入れましょうか」

「そうしてもらいたいのは山々なんだが、どうしてもやりたいことができてしまってね。今日の夜にでも続きをしよう」

「夜は別室でお休みいただきますから、翌朝ですわね」

 マルグリットはにこっと微笑む。お堅いところも彼女らしい。

「愛しているよ。マルグリット。早く結婚して四六時中君を独占したいな」

「……は、早く行って下さい!!」

 顔を真っ赤にしたマルグリットにエルンストは楽しげに笑う。しかし、部屋を一歩出たとたん、険しい顔になった。

(しかし、まさかヴィードがマルグリットを狙っていたなんて知らなかった。このまま放置するわけにはいかないな)

 同い年の愚かな甥、器が小さい癖にプライドだけは高く、そのくせ無駄に権力がある分たちが悪い。 

 先手を打たないとこちらがやられる。

 武人なだけにエルンストは行動が早かった。その日のうちにヴィードの悪事をすべて調べ上げた。あの愚か者の事だからどうせロクなことをしていないだろうと考えていたが、思いのほか色々と出てきた。

 息子に甘い王妃がもみ消し、王妃にベタ惚れの兄王が許してしまった。惚れた女の願いを叶えたい気持ちはわかる。だが、野放しにしておけない。

 エルンストは事件の詳細をことこまかく調べて兄の下へ行った。

「兄上。甘やかすだけが愛情ではありません。ここは心を鬼にしてヴィードを鍛えるべきではありませんか?」

 理路整然と資料と共に突きつけると兄王は観念した。

「わかった。お前の好きなように取り計らえ」

 兄だけに弟の苛烈さをよくわかっていた。自分や王妃がいなくなった未来、ヴィードがなにかやらかせば、国のためにも容赦なくエルンストが粛正するだろう。

 それをさせないためにも、今、ヴィードを矯正しなくてはならないのだ。

 兄の判断にエルンストはにこっと笑って礼を言った。

 翌日、ヴィードは王太子の責務という名目で蛮族との最前線に送られることになった。国を守ることはどういうことか、実体験しろという王命でもあった。

 代わりに北の守護神エルンストが王都に来て、社交界で婚約者と共に顔を出すことになった。

「こんなことを言っては何ですが、ヴィードにエルンストの代わりが務まるとは思えませんわ。大丈夫でしょうか」

 マルグリットの心配は尤もだ。しかし、エルンストは何も心配していない。

「鍛え上げた俺の部下たちがいる限り大丈夫さ。北の大地は俺一人で守るものじゃない。領民一人一人が力を合わせるものだからな」

 エルンストの言葉通り、ヴィードは力を合わせて戦っていた。

 何もない場所で下っ端の兵士と火を分かち、食料を分け合った。俺に全部寄こせ、と言わないのは食料が激マズだからだ。

 ヴィードが更正するかどうかはまだ不明だ。しかし、王都の貴族たちはエルンストの味方である。ともに悪事を働く手足がいないのでは彼が戻っても何もできない。

 兄のためにも更正して欲しいが、マルグリットに手を出せばそのときはまた地獄を見てもらおう。そう思う北の守護神、氷の武将だった。



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