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転生美少女の異世界カウンセリングルームへようこそ 〜あなたの本当の望み、101年分の知恵と経験で解き明かしてみせましょう〜  作者: 霧崎薫
第2章:こころの小部屋、開きます

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第4節:煤の下の輝きと情報屋の影

 沈黙の後、ドルガンはぽつりと、しかし以前よりは少しだけ開かれた声で話し始めた。彼の言葉は、鍛冶場の炉から取り出されたばかりの鉄のように、まだ熱く、形を成していなかったが、その内側にある本質が垣間見えるようだった。


「……疲れ、か。そう言われれば……ここ数ヶ月、妙に寝付けん夜が多かった気もする」

「眠れない夜が」

「ああ。理由はわからん。ただ、目が冴えてしまってな。工房で一人、夜通し槌を振るってみても、気は紛れんし、出来上がるもんは屑鉄ばかりだ」


 不眠。典型的なストレス反応の一つだ。原因不明の不眠は、しばしば抑うつ状態の前兆でもある。


「それはお辛かったでしょう。眠れないと、日中の集中力も落ちてしまいますし」

「ふん……。それだけじゃない。最近……どうも、息子の顔をまともに見れんのだ」

「息子さん……、たしか、見習いとして工房に入られている、グリフィン君でしたか」


 グリフィン。ドルガンの一人息子で、父親の跡を継ぐべく修行中の若者だ。


「ああ……。あいつは、わしに似ず、不器用でな。だが、真面目に努力はしとる。……なのに、わしは最近、あいつに些細なことで怒鳴り散らしてばかりいる。……昨日も、火床の温度管理を少し間違えただけで、ひどく罵ってしまった……」


 ドルガンの声には、後悔と自己嫌悪の色が滲んでいた。彼が本当に悩んでいたのは、仕事のスランプそのものよりも、それによって引き起こされる、大切な息子との関係悪化なのかもしれない。


(なるほど……。仕事への焦り、不眠、そして息子への八つ当たり。負の連鎖が生じている。そして、その根底には、息子に良い姿を見せられない、期待に応えられないという、父親としてのプレッシャーや無力感が隠れているのかもしれない)


「グリフィン君に、厳しく当たってしまうご自身に、お悩みだったのですね」

 私は彼の行動の裏にある感情に焦点を当てた。

「……わしだって、あんな風に怒鳴りたいわけじゃない! だが、自分の仕事が上手くいかんと、どうにも苛々して……。あいつの不器用さが、余計に目に付くんだ……。わしは、父親失格だ……」


 頑固な鍛冶師の口から、弱音と自己否定の言葉が漏れた。これは大きな変化だ。彼がようやく、自分の内面にある問題と向き合い始めた証拠だった。


「ドルガンさん。あなたは、グリフィン君のことを、本当はとても大切に思っていらっしゃるのですね」

「……当たり前だ!」

「そして、父親として、彼に立派な姿を見せたい、しっかりと技術を伝えたい、と願っていらっしゃる。……だからこそ、今の状況が、とても苦しい」


 彼の行動の根底にある、肯定的な動機(息子への愛情、父親としての責任感)を言語化し、伝える。これにより、彼は自己否定から少し解放され、問題解決へのエネルギーを取り戻せるかもしれない。


 ドルガンは、はっとしたように顔を上げた。そして、何かを悟ったように、深く、長い溜息をついた。それは、諦めの溜息ではなく、長年溜め込んできた心のおりを吐き出すような、浄化のため息に聞こえた。


「……そう、かもしれんな……。わしは、焦っていたのかもしれん。自分の衰えを認めたくなくて……。そして、その焦りを、一番身近な息子にぶつけていた……」


 彼自身の口から、問題の核心に近い言葉が出てきた。これは「気づき」の瞬間だ。私が答えを与えたのではなく、彼自身が見つけ出した洞察。これこそが、カウンセリングの目指すところだった。


「まずは、ゆっくり休むことが必要かもしれませんね。そして、グリフィン君と、少し時間をとって話してみてはいかがでしょう。今のドルガンさんの素直な気持ちを、伝えてみるのも良いかもしれません」


 具体的な行動提案。休息の重要性と、息子との対話の勧め。


「……あいつに、謝れと? このわしが……?」

 まだ少し抵抗があるようだ。ドワーフの、そして父親としてのプライドが邪魔をするのだろう。

「謝る、というよりも……。『最近、少し疲れているのかもしれない。お前にきつく当たってすまなかった』と、伝えるだけでも、グリフィン君の気持ちはずいぶん違うと思いますよ。そして、ドルガンさん自身の気持ちも、少し軽くなるかもしれません」


 言い方を変え、彼の抵抗感を和らげる。


 ドルガンはしばらく黙って考え込んでいたが、やがて、小さく、しかしはっきりと頷いた。

「……わかった。……少し、考えてみる」


 大きな進展だ。すぐに全てが解決するわけではないが、彼は変化への第一歩を踏み出した。私は安堵の息をつき、その日のカウンセリングを終えることにした。


「今日は、お話しいただき、ありがとうございました。またいつでも、お気持ちが向いたらいらしてください」

「……ふん」


 ドルガンはぶっきらぼうに返事をすると、部屋を出て行った。その背中は、来た時よりも少しだけ、軽く見えた。


 彼を見送った後、私は一人、「こころの小部屋」に残った。最初の本格的なクライアント。手応えはあったが、同時に、異文化や個人の気質に合わせたアプローチの難しさも痛感した。まだまだ学ぶべきことは多い。


(それにしても、ドルガンさんの不眠や焦燥感……。単なるスランプや親子関係の問題だけだろうか? あの「憂鬱病」との関連は……?)


 考え事をしていると、不意に部屋の窓がコンコン、と軽く叩かれた。見ると、窓の外にあの情報屋の少年、レオがひょっこりと顔を出していた。


「よぉ、姉ちゃん。仕事中だったか?」

「レオ君……。どうしてここに?」

「ん? この辺うろついてたら、さっきのドワーフのオッサンが、なんか妙にスッキリした顔で出てきたからな。もしかして、姉ちゃんの『お仕事』だったのかと思ってさ」


 相変わらず、目ざとい少年だ。


「それで、例の『憂鬱病』の情報だけどな……」レオは声を潜めて続けた。「ちょっと面白い話を聞いたぜ。最近、夜な夜な、古い水道橋のあたりで、すすり泣くような声が聞こえるんだと。その声を聞いちまうと、どんどん気が滅入ってくるって話だ。……例の『溜息の魔物』かもしれねぇな」


 古い水道橋……。すすり泣く声……。具体的な場所と現象。これは重要な手がかりになるかもしれない。


「ありがとう、レオ君。助かるわ」

「ま、これもサービスだ。けど、次からはちゃんと報酬もらうからな!」

 レオはにやりと笑うと、またすぐに姿を消した。


 私はレオからもたらされた情報をメモに取りながら、思考を巡らせた。ドルガンさんのような個人的な悩みと、街に広がる憂鬱病。そして、魔物の噂。これらは、どこかで繋がっているのだろうか?


 私の探求は、まだ始まったばかりだ。この小さな「こころの小部屋」から、私は少しずつ、この世界の心の闇へと分け入っていくことになるのだろう。不安がないわけではない。だが、それ以上に、真実を知りたいという、知的な探求心が私を駆り立てていた。

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