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転生美少女の異世界カウンセリングルームへようこそ 〜あなたの本当の望み、101年分の知恵と経験で解き明かしてみせましょう〜  作者: 霧崎薫
第2章:こころの小部屋、開きます

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第3節:鍛冶師の焔と心の煤

 店の奥、工房の手前にある応接スペースで、ドワーフの鍛冶師ドルガンは腕を組み、不機嫌そうな顔で椅子にふんぞり返っていた。父が淹れたらしいハーブティーには、ほとんど口をつけていない。


「ドルガンさん、お待たせいたしました」

 私が静かに入室すると、ドルガンはちらりとこちらを一瞥したが、すぐに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「なんだ、ゲルトの娘か。話ならゲルトとしたはずだが?」

「父から、少しお話を伺うようにと頼まれました。もし、よろしければ……あちらの部屋で、もう少し落ち着いてお話ししませんか?」


 私は、昨日片付けたばかりの物置部屋――「こころの小部屋」を指し示した。ドルガンは訝しげな顔で私と部屋を交互に見たが、父に何か言われたのか、あるいは単なる気まぐれか、しぶしぶといった様子で立ち上がった。


 小さな部屋に入ると、ドルガンはその狭さに眉を顰めたが、文句は言わずに椅子にどかりと腰を下ろした。私は彼の対面に座り、まずは沈黙を選んだ。相手が自ら話し出すのを待つ。特に、彼のように警戒心や反発心が強い相手には、こちらから急かすのは逆効果だ。


(……姿勢は尊大だが、指先で膝を何度も叩いている。視線は定まらず、部屋の中を落ち着きなく見回している。内心の焦燥感と不安感が隠しきれていない。彼は今、自分のコントロールが効かない状況に苛立ち、それを外(ナイフの品質や他人)にぶつけることで、かろうじて平静を装っているのだろう)


 しばらく重い沈黙が続いた後、ドルガンが痺れを切らしたように口を開いた。

「……で、何の用だ。ゲルトは、お前に何を話せと言った?」

「お仕事が、あまり上手くいっていないと伺いました。何か、お困りのことがあるのではないかと」

「ふん、余計なお世話だ! ただの気まぐれよ。鍛冶師にだって、調子の悪い日くらいあるわい」


 強がりだ。だが、彼のプライドを尊重し、正面から否定はしない。


「さようでございますか。確かに、誰にでも調子の波はありますね」

 私は静かに相槌を打った。そして、少し角度を変えて質問を投げかける。

「その……調子が悪くなられたのは、いつ頃からなのですか?」


 ドルガンはむっとした表情で黙り込んだが、やがて低い声でぽつりと呟いた。

「……一月ほど前、か……。いや、もっと前かもしれん……」


 記憶が曖昧になっている。強いストレス下では、時間感覚が歪むことがある。


「何か、きっかけになるような出来事が?」

「きっかけだと? 知らんわ、そんなもの! ある日突然、槌が重く感じるようになった。狙ったところに打ち込めなくなった。炎の色が、うまく読めなくなった……。それだけだ!」


 彼は吐き捨てるように言った。鍛冶師にとって、道具が意のままにならないこと、感覚が鈍ることは、致命的な問題だろう。その焦りが、彼を苛んでいる。


「槌が重く感じ、炎の色が読めなくなった……。それは、鍛冶師であるドルガンさんにとって、非常にお辛い状況ですね」

 彼の困難な状況そのものに、共感を示す。彼の感情ではなく、彼が置かれている客観的な苦境に焦点を当てることで、彼は「同情された」と感じずに済むかもしれない。


 ドルガンはふいと顔を背けたが、その横顔に浮かんだ苦渋の色は、私には見て取れた。


「……ゲルトの娘よ。お前に何がわかると言うのだ。これは、我々職人の世界の、感覚の問題だ。お前のような小娘に話したところで……」

「ええ、私には鍛冶の技術はわかりません。槌の重さも、炎の色の意味も、想像することしかできません」と私は正直に認めた。「ですが、ドルガンさんのお話を聞くことはできます。そして、もしかしたら、その苦しみの原因が、鍛冶の技術そのものだけではない可能性もあるのではないか、と思うのです」


 私は慎重に言葉を続けた。彼のプライドを傷つけず、しかし、問題の本質が別の場所にある可能性を示唆する。


「……どういう意味だ?」ドルガンが訝しげに問い返す。

「例えば……何か、お仕事以外で、ご心配事や、お疲れが溜まっているようなことはありませんでしたか? 眠れない夜が続いていたり、食事が喉を通らなかったり……」


 心理的な問題が身体感覚に影響を与えることは、前世の臨床経験で数多く見てきた。いわゆる心身症だ。


 ドルガンは一瞬、虚を突かれたような顔をし、それから再び頑なな表情に戻った。

「……馬鹿なことを言うな。このドルガンが、そんな軟弱なことで悩むものか。心配事など……ない!」


 強い否定。だが、その反応の速さと強さが、逆に図星であることを示唆しているようにも見えた。


(防衛機制か……。彼にとって「弱さ」を認めることは、自身のアイデンティティを揺るがすほどの脅威なのかもしれない。ドワーフ族の文化的な背景も影響している可能性がある。実直剛健を良しとする気風の中で、精神的な悩みを口にすることは「恥」とされるのかもしれない)


 直接的な問いかけは、ここでは効果的ではないだろう。もっと間接的なアプローチが必要だ。


「失礼いたしました。私が早合点したようです」私は一度引き、話題を変える。「ドルガンさんの打つ剣や道具は、このリンドブルムでも随一だと評判です。特に、あのほむらのような紋様が浮かぶ『炎紋鋼えんもんこう』は、まさに芸術品だと」


 彼の仕事そのものを称賛し、彼のプライドを肯定する。信頼関係を築くための基本的なステップだ。


 ドルガンの表情が、わずかに和らいだ。自分の仕事への誇りは、彼にとって何よりの支えなのだろう。

「……ふん、当然だ。あの紋様を安定して出せるのは、この街ではわしくらいのもんよ」

「その素晴らしい技術が、今、少しだけお休みしているのかもしれませんね。どんな名人にも、そういう時期はあると聞きます」


 スランプを「休息期間」と捉え直す。ネガティブなレッテルを貼り替え、彼が状況をより肯定的に受け入れられるように促す。リフレーミングという手法だ。


「休息、だと……?」

「ええ。もしかしたら、心と体が、少しお疲れなのかもしれません。毎日、炎と向き合い、鋼を打ち続けるのは、大変な集中力と体力が必要でしょうから」


 私は穏やかに語りかけ続けた。彼の抵抗感を和らげ、彼自身が自分の内面と向き合う準備ができるように、ゆっくりと言葉を重ねていく。


 ドルガンは黙って、自分の節くれだった太い指を見つめていた。その頑なな心の壁が、ほんの少しだけ、低くなったような気がした。


 まだ時間はかかるだろう。ドワーフの頑固さは、年季の入った鋼のように手強い。だが、どんなに硬い鋼も、適切な熱と時間をかければ、形を変えることができる。人の心もまた、同じなのかもしれない。


 私は焦らず、彼の言葉を待ち続けた。「こころの小部屋」の静かな空気の中で、ただ、彼の心に寄り添うように。

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