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転生美少女の異世界カウンセリングルームへようこそ 〜あなたの本当の望み、101年分の知恵と経験で解き明かしてみせましょう〜  作者: 霧崎薫
第2章:こころの小部屋、開きます

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第1節:噂と決意

 ティムが元気を取り戻してから数日、こむぎ亭には僅かな変化が訪れていた。以前にも増して、子供たちが店の前で私をちらちらと窺うようになったり、買い物のついでに母親たちが、「うちの子も最近、元気がないんだけど……」などと、探るような視線と共に声をかけてきたりするようになったのだ。


 ティムの母親が、感謝の言葉と共に事の経緯を近所の人々に話したのだろう。噂話が早い下町では、パン屋の娘セイラが、何やら不思議な力で子供の悩みを解決した、という話が、尾ひれこそついていないものの、静かに広まりつつあった。


「おはようございます、セイラさん」

「こんにちは」


 私はいつも通り穏やかに応対しながらも、内心では少し戸惑いを覚えていた。期待や好奇の視線は、時に重荷になる。アルバート・ワイズマンとして生きた前世でも、過剰な期待や誤解に基づく名声には、常に慎重な距離を置いてきたつもりだ。


(だが……需要がある、ということは確かだ。人々は、心の悩みを打ち明ける場所を求めているのかもしれない)


 ティムのケースは、あくまで個人的な、そして比較的単純な問題だった。しかし、このリンドブルムには、もっと根深く、複雑な心の闇が広がっている気配がする。あの「憂鬱病」のように。


 その日の昼過ぎ、私は母に頼まれたハーブを買いに、少し離れた商業区へと足を運んでいた。活気のあるはずの市場通りも、どこか以前より人々の表情が硬いように感じられる。すれ違う人々の肩が落ちていたり、ため息をつく音が聞こえたりする頻度が増えた気がした。


「……聞いたかい? また西地区の革細工屋が店を閉めたそうだ」

「ああ、親方が例の憂鬱病になっちまったとか……。腕は確かだったのになぁ」

「うちの組合でも、休みがちな奴が増えてきてる。無理もないさ、こんな息が詰まるようなご時世じゃ……」


 道端で交わされる会話の断片が、私の耳に突き刺さる。店先で力なく客引きをする商人、虚ろな目で空を見上げる若者。ティムの母親が感謝してくれた喜びも、この広がりゆく暗雲の前では、あまりにもささやかな光に思えた。


(傍観しているだけでは、何も変わらない。私にできることがあるのなら、行動すべきではないか?)


 前世の記憶が、そう強く囁きかける。心理学者として、苦しんでいる人を前に何もしないという選択肢はなかった。たとえ、この世界での自分の力が未知数であり、危険を伴うかもしれなくても。


 私はハーブを買うついでに、情報が集まりやすいと言われるギルド通りへと足を向けた。冒険者ギルドや商人ギルドの建物が立ち並び、様々な人々が行き交う。掲示板には、依頼書や告知に混じって、「憂鬱病に効く薬、求む」「原因不明の体調不良、相談に乗ります(ただし高額)」といった真偽不明の貼り紙も散見された。


(やはり、情報は錯綜している。正確な情報源が必要だ……)


 そう思いながら辺りを見回していると、不意に声をかけられた。


「よぉ、パン屋の姉ちゃん。また会ったな」


 振り返ると、そこには数日前に店の前で見かけた、小柄で身軽そうな少年が立っていた。年は十二、三歳くらいだろうか。茶色の癖っ毛に、悪戯っぽく光る鳶色の瞳。どこか馴れ馴れしいが、妙に頭の回転が速そうな印象を受ける。


「……こんにちは。あなたは?」

 私は警戒心を隠さずに問い返した。

「俺? 俺はレオ。しがない情報屋さ。姉ちゃんこそ、こんなとこで何してんだ? パンの配達にはちと遠いだろ」


 レオと名乗る少年は、にっと笑って答えた。情報屋、か。この手の少年たちは、しばしば大人が気づかないような情報網を持っていることがある。


「少し、調べものを。この街で広がっているという『憂鬱病』について、何かご存知ないかと思って」

 私は率直に目的を告げた。回りくどい言い方は、かえって疑念を招くだろう。

「へぇ、『憂鬱病』ねぇ……」レオは面白そうに目を細めた。「そりゃまた、姉ちゃんみたいな可愛い子が首突っ込むには、ちと物騒な話題じゃねえか? まあ、確かに最近、その手の噂は多いけどな。原因不明、治療法なし、ってのが通り相場だ」

「何か、具体的な情報は?」

「さあね。俺の情報はタダじゃないんだ。……と言いたいとこだけど、今日はサービスだ。あんた、こむぎ亭の娘だろ? ティムってガキを助けたって話、俺の耳にも入ってるぜ」


 やはり、噂は広まっているらしい。レオは私の反応を窺うように続けた。


「あんた、もしかして、ただのパン屋の娘じゃないんだろ? 人の心を軽くする、なんて噂もあるみてぇだしな」


 私はレオの鋭い視線を受け止めながら、静かに答えた。

「私は、ただのパン屋の娘ですよ。でも、困っている人がいたら、話を聞くことくらいはできるかもしれません」

「ふぅん……?」


 レオは値踏みするように私を見ていたが、やがて肩をすくめた。

「まあ、いいや。面白い姉ちゃんだってことはわかった。憂鬱病の情報ねぇ……。正直、確かなことはまだ誰も掴んでねぇよ。ただな、最近、旧市街のあたりで、妙な『溜息の魔物』が出るって噂がある。そいつに憑かれると、どんどん気が滅入っちまうんだとか……。まあ、ただの噂だけどな」


 溜息の魔物……。精神に影響を与える魔獣の可能性か。興味深い情報だ。


「ありがとう、レオ君。参考になりました」

「どういたしまして。もし、もっと詳しい情報が欲しくなったら、また声をかけてくれよ。もちろん、次はタダじゃねえけどな!」


 レオは悪戯っぽく笑うと、人混みの中に素早く消えていった。嵐のような少年だったが、彼が持つ情報網は、今後役に立つかもしれない。


 こむぎ亭に戻る道すがら、私の決意は固まっていた。

 人々の悩みを聞き、心を軽くする手助けをする。そして、この街を蝕む「憂鬱病」の正体を探る。そのためには、まず拠点が必要だ。安心して話せる、プライバシーが守られた空間。


 その夜、私は意を決して、両親に話を持ちかけることにした。店の片付けが終わり、三人で質素な夕食をとった後のことだった。


「お父様、お母様。少し、ご相談したいことがあります」

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