第6章 はらわたあれども口先ばかり
「これ…毎回やるのか?」
いつものように川沿いの遊歩道で待っていた私に、可志楽さんがそう言った。
「"偶然"ですよ、今日も…」
私がそう言うしかないのも、いつものこと。
「ごめん、そういう話をしたいわけじゃない」
いつもなら「またか」と軽く流すだけなのに、今日は違う。
「……ダメですか?」
そう尋ねると、可志楽さんは少しだけ考え込むように口をつぐんだ。
「いや、ダメじゃないけど……」
言いかけて、彼は言葉を濁した。
「そろそろ潮時かもな」
その言葉に、心臓が強く締めつけられる。
「……どういう意味ですか?」
恐る恐る尋ねる。
「そのまんまの意味だよ」
彼は目を逸らしながら、静かに答えた。
私の脳は、残酷なまでに一瞬でそれを理解した。
けれど、返す言葉は何一つ浮かんでこない。
「あなたが本気になる前に、終わらせたほうがいいってこと」
「……もう、本気になっていたら?」
私は、咳が出そうになるのを堪えながら言った。
可志楽さんの表情が一瞬だけ曇る。
そして、ゆっくりとため息をついた。
「だから、こういうのは危ないんだよ……」
「危ない?」
「俺は"独身キャラ"でやってるし、自由でいたい。だから、誰かと深く関わるつもりはない。でも……あなたが本気になればなるほど、俺も引きずられる」
「それって……」
「……俺だって、人間だからさ」
彼は、いつもの軽い調子とは違う、どこか苦しそうな声で言った。
「あなたが本気で俺のことを好きになったら、俺もそれに応えたくなるかもしれない。でも、そうなったら……今までの俺は、全部崩れる」
「そんな……そんなことないですよ!可志楽さんは、可志楽さんのままでいてくれれば…」
可志楽さんは何も言わなかった。
「私だって、深く関わるつもりなんてなかった。誰にも言えない関係で、堂々と手を繋ぐこともできないって、解ってた。それでも……」
私はひとつ咳をした。
「……悪いな」
その一言で、すべてが決まった気がした。
「わかりました」
喉の痒みは消えていた。
「じゃあ、もう会いません」
自分でも驚くほど、すんなりと言えた。
可志楽さんは、目を伏せたまま何も言わなかった。
静寂よりも静かに、沈黙が流れる。
そして、私はゆっくりと背を向け、歩き出した。
——これでいい。
始めから、本気になんてなっていなかった。
始めから、恋人でも何でもなかった。
始めから、落語家とファン……
ただ、それだけの関係だった。
それだけなのに……
そう思えばいいだけなのに……
涙が溢れ、咳が止まらなかった。